両手両足を失って、彼は「ル・マン」に挑み、見事に完走した

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今年のル・マン24時間レースに、壊疽性筋膜炎で四肢を切断したフランス人が参戦した。彼らのチームは、出場資格を得るために課せられたさまざまなルールをアイデアとテクノロジーで解決した。

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「ル・マン24時間レース」の素晴らしい特徴のひとつとして、「ガレージ56」が挙げられる。

そもそもル・マンの参加枠は従来55台だった。しかし、2012年、レースを主催するフランス西部自動車クラブ(ACO)は「近未来の自動車技術を探究する」ための1台を追加したのだ。

ACOのスポーティングディレクターであるヴィンセント・ボーメニルによると、これまでガレージ56は、燃料節約の追求(「デルタウイング」)や電化(「ZEOD RC」)の車両に割り当てられてきたが、6月18日〜19日(現地時間)に開催された2016年レースの着目点はかなり違う。四肢を切断したフランス人選手が参戦したのだ。

四肢切断を機に、小さいころからの夢への挑戦を決めた

フランス人ビジネスマンのフレデリック・ソーセ(48歳)は2012年、休暇中のフランス南西部で指を引っかいた。不幸にもそのかき傷がすぐさま生命にかかわる感染(皮膚の壊死性感染症)につながり、ソーセ氏は両手足を失った(ソーセ氏の人体組織は「1時間に12cmの割合で壊死した」という)。

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ソーセ氏は、四肢の切断を機に夢だったル・マンへの挑戦を決意した。PHOTO: AP/AFLO

多くの人がその時点で参ってしまいひたすら落ち込むかもしれないが、ソーセ氏は、子どものころからの夢だったル・マン24時間レースに出場してみようと決意した(「人生に新しい意味を与える必要があった
」と同氏は語っている。ソーセ氏は2015年2月に初めてレース車両を運転。2016年2月にル・マンにエントリーした)。

チームは厳しいルールに、アイデアで挑んだ

今年の大会に参加できるよう、ソーセ氏のチーム「SRT41」は難しい仕事をやってのけた。ル・マンなどの24時間レースは1人の取り組みではなく、1台を3人のドライヴァーが担当し、ピットストップ時に交代する。

SRT41は、「モーガン・ニッサンLMP2」の車両(ル・マンの2つあるプロトタイプ・クラスの遅い方で、プロとアマの合同チーム向け)を、健常者であるチームメイト、ジャン=ヴェルナール・ブーヴェとクリストフ・ティンソーの2人が運転でき、かつ、ソーセ氏も運転できるように改造する必要があった。

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PHOTO: AP/AFLO

アクセルとブレーキの操作は比較的簡単だった。ソーセ氏の差し込み式座席にはそれぞれの大腿部で操作するパドルがあり、このパドルがレヴァーでアクセルとブレーキのペダルにつながる。

また、チームはドライヴァー交代の際、モーガン・ニッサンの通常の多機能ステアリングホイールを取り外し、ソーセ氏が右腕に着用する義肢とつながる特製アダプターに取り換えるようにした。

レースには危険がつきものであり、ドライヴァーは7秒以内に自分でベルトを外してクルマから脱出できなければならないと規則で定められている。SRT41はこの問題を、ル・マンの安全性を検討するチームと相談して開発改良した一種の射出座席で解決した(なお、ソーセ氏のチームは本レースで24時間を完走し、成績は36位だった)。

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PHOTO: AP/AFLO