父親の形見となった日本の缶コーヒー。台湾・台中市のMaggie Chiangさんは父への思いをつづっている。

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私が小さいころ、わが家は町に1軒しかない電器屋を営んでいた。日本製品を扱っていた父は、大の日本好き。私の幼少時代の大事件といえば、日本の家電メーカーの表彰式に参加する父に連れられて日本へ出かけたこと。表彰式が行われたのは北海道だった。

父は病に倒れても、生来の楽観主義を失わず、「楽しみながら終わりを迎えられたらいいね」といつも話していた。

2013年3月、74歳になった父は再び、北海道を訪れたいと言い出した。体力は明らかに衰え、介添えが必要な状態だったので、妹は私についていくよう頼み込んできた。私はちょうど義母が手術を終えたばかりで手を離せなかったこともあり、父には北海道行きを諦めるよう伝えた。だが父は「これが最後の旅行だから」と妹を同行して出かけた。

寒さ厳しい3月の北海道。妹は自動販売機で温かい缶コーヒーを買い、父に手渡した。父はポケットにしまうと「お姉ちゃんはコーヒーが好きだったね。持って帰って渡すよ」と言い、飲むことをしなかった。「これは日本みやげさ」と笑いながら缶コーヒーを手渡す父。私は何気なくテーブルの上に置いた。

2カ月後に父は他界した。実家で父の最期を看取り自宅に戻ると、テーブルに置かれた缶コーヒーが目に入り、涙があふれた。ありふれた日本みやげが父の形見となった。

父はこの缶コーヒーで暖をとった。私は父を思う時、この缶コーヒーを握りしめ、懐かしい暖かさを探す。

本棚に大切に保管している缶コーヒー。私には無念の痛みであり、大切な父の形見でもある。(作/台中市Maggie Chiang・翻訳/柳川)