著書「台湾とは何か」を刊行したばかりのジャーナリスト・野嶋剛氏(朝日新聞元台北支局長)がインタビューに応じた。

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著書「台湾とは何か」を刊行したばかりのジャーナリスト・野嶋剛氏(朝日新聞元台北支局長)がインタビューに応じた。台湾は「米国に後ろ盾になってもらいながら、台頭する中国と経済的に付き合ってビジネスをしなければならない」中で、試行錯誤しながら、現状維持の政策を志向し、悩み抜いて先の総統選挙で蔡英文を選んだと指摘した。また米中両大国に挟撃される台湾は「日本の鏡」のような存在になり得る、と語った。(聞き手・Record China主筆八牧浩行)

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――5月に上梓した新著「台湾とは何か」(ちくま新書)は台湾アイデンティティにスポットを当てつつ、台湾と中国との関係はもちろん、米中関係や日中関係など敏感な問題にまで論を展開していますね。

2007年に台湾に特派員として赴任した時から10年ぐらいの取材の成果を本にまとめました。

08年総統選挙で馬英九が勝利し、独立志向の強い陳水扁からガラッと変わりました。当時は台湾が中国と仲良くやっていくことによって生き残っていく路線が続くと思っていました。ところが2014年のひまわり運動を境にがらりと雰囲気が変わって、蔡英文新政権が誕生した。台湾は中国と違うんだ、台湾は台湾として生きていくという方向に動いていく。この二つの変化をジャーナリストとして取材し、体験しました。そして、この変化は一体何だろうかということをまず考えました。

台湾の人たちは現状維持を望んでいると日本ではよく言われますが、日本人が言う台湾の現状維持と台湾人が考えている現状維持はずれがあると思います。日本人が言う台湾の現状維持は台湾が何もせずに今のままでいいと思い込んでいるという現状維持です。そこに大きな誤解があり、台湾には生身の人たち2300万人が生活し行き来し、真剣に悩みながら自分たちの未来を選択しているという視点が抜け落ちている。そうしたところを取り込んだ上で、この10年の大きな変化を論じなければいけないというのが、この本に書いたいくつかあるポイントの一つです。

少し乱暴な例えになりますが、台湾の人たちは、民進党の陳水扁時代に独立の方向にどこまでいけるか試してみた。でもなかなか難しい。国民党の馬英九の時には中国とどこまで仲良くやっていけるか試してみた。でも中国の政治体制は簡単には変わらないし、台湾の人たちはやっぱり中国の人たちと自分たちは違うんだなと逆に思うようになった。独立と統一のふたつの方向性について2000年以来16年かけて試行錯誤を繰り返した。そこでたどり着いたひとつの選択肢が民進党の蔡英文だった、と私は理解しています。

台湾の人々がどうやったらうまくいくか、試行錯誤しながら悩み抜いて、最後は現状維持の政策を志向し、蔡英文を選んだこの10年の物語を伝えたいということが執筆の動機のひとつでした。

――台湾は中国との間で苦難の歴史を経験しました。民主化をまず実現しましたが、経済面では強大な存在となった中国と結びつかざるを得ないという事情がある。さらに軍事や政治では米国と連携しなければならない、という事情もありますね。

その意味で、台湾は日本の鏡だと思います。というのも、台湾は米国に後ろ盾になってもらいながら、台頭する中国と経済的に付き合ってビジネスをしなければならない。この中で、自分たちの自主独立の道を歩みたい。そんな米中に板挟みとなる厳しい運命は日本人も常に感じていますが、日本より台湾の方が領土も規模も小さく、両岸(中台)関係も極めて複雑であるので、より厳しさの実感の度合いは強いでしょう。

米中台の三角関係について分析すれば、台湾を見ることで、日本も見ることができる。台湾は、日本人にとって学ぶべき価値があります。台湾の問題を自分の問題として受け止めてほしいという考え方も、この本に盛り込みました。

――この本の中で「歴史上、台湾は日本に2度捨てられた」と指摘していますね。

1945年の日本の敗戦時が一回目です。確かに台湾人から切り離してほしいと望んだことではなかった。ところが日本人は切り捨てたという認識がほぼゼロでした。台湾の人たちが50年間「日本人」として生きてきた歴史が、この時に終わってしまった。その後の日本は高度成長にまい進して台湾のことに思いが至らなかった。戦後は「中華民国」として日本と外交関係がありましたが、72年の日中国交回復後に、日本との関係を切り離されました。日本にとっては苦渋の選択という面はありましたが、このことも台湾の人々からすれば「捨てられた」と受け止められても仕方のないものです。

――国連や国際社会の一員だったのが急に排除されたのですね。

日中国交正常化で、大陸の中華人民共和国は台湾のことは一切触れるなと言い、日本はこの要求を受け入れました。そして、台湾はだんだん忘れられた。台湾に触れることは中国を刺激するとか、台湾に近付かない方がいいとか、過剰な拒否感のようなものを、政治家も含め知識層が共有してしまった結果、台湾がさらに忘れられていきます。

私は90年代、朝日新聞入社早々台湾への留学を希望していましたが、結局会社の上層部に強く反対されて中国アモイの大学に行き先を変更しました。これも、広い意味でそうした台湾に対する一種の忌避という文脈の中での出来事だったと思います。

――国交正常化当時の中国フィーバーはすごかったですね。ジャーナリズムとしても反省もあると思います。

72年から冷戦終結までは日本も中国も国際的にも厳しい状況に置かれていたので、そのころまではある部分でやむを得なかったとも理解できます。ところが、冷戦が終わって台湾が民主化し、中台関係も相互往来できるように改善し、台湾に対して抱く懸念の前提がほぼ消えてしまった後も、近年まで台湾に対する心理的な縛りとか思考停止が続いてしまったことが一番問題だったと思います。その時点から徐々に発想を切り替えればよかったが、それができなかった。日本の政治、メディア、アカデミズムも含めた知的怠慢という部分は否定できません。もっと早く、台湾を単なる中国の付属物ではない等身大の台湾として認識し、向き合う方向に台湾認識を更新していく必要があったのです。

<インタビュー「台湾とは何か」著者・野嶋剛(2/3)>若者を中心に「台湾アイデンティティ」が確立、「1国2制度」「平和的統一」に拒否反応」に続く

野嶋剛
1968年生れ。ジャーナリスト。上智大学新聞学科卒。大学在学中に香港中文大学に留学。92年朝日新聞社入社後、佐賀支局、中国・アモイ大学留学、西部社会部を経て、シンガポール支局長や台北支局長として中国や台湾、アジア関連の報道に携わる。2016年4月からフリーに。著書に「イラク戦争従軍記」(朝日新聞社)、「ふたつの故宮博物院」(新潮選書)、「謎の名画・清明上河図」(勉誠出版)、「銀輪の巨人ジャイアント」(東洋経済新報社)、「ラスト・バタリオン蒋介石と日本軍人たち」(講談社)、「認識・TAIWAN・電影映画で知る台湾」(明石書店)、訳書に「チャイニーズ・ライフ」(明石書店)。最新刊に「台湾とは何か」(ちくま新書)と「故宮物語」(勉誠出版)。著書の多くが中国・台湾でも翻訳・刊行されており、現地でも高い評価を受けている。