めでたいはずだが釈然としない「とと姉ちゃん」65話

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連続テレビ小説「とと姉ちゃん」(NHK 総合 月〜土 朝8時〜、BSプレミアム 月〜土 あさ7時30分〜)第11週「常子、失業する」第65話 6月17日(金)放送より。 
脚本:西田征史 演出:藤並英樹


釈然としないんだよなあ〜。
めでたいはずの富江(川栄李奈)と長谷川(浜野謙太)の祝言。ふたりともいい子──とくに長谷川はいいキャラだったので応援したいのだけれど、どうもしっくりこない。
事前にもう少しふたりのドラマがあったら、感情移入や応援できたかもしれないのに。
ふたりが時々目配せしていたことに気づいていた視聴者もいたようだし、ふたりが接近したわけを富江の口から説明されるとはいえ、もうワンクッションつくってほしかった。
ふたりがつきあいはじめたきっかけは、鞠子(相楽樹)の制服事件。長谷川が制服着ているイメージカットが話題を呼んだあのエピソードは、朝ドラにしては行き過ぎた面白の追求ではなく、いかに長谷川が富江の制服姿に惹かれたか、その理由付づけだったということか。

それでも、釈然としない気持ちは、顔に出来たしみのように薄れることはない。
しかも「制服を借りた」ってすごく口当たりよく富江が言っていたが、失敬したって感じだったのに。これにも釈然としない。
すべてにおいて、さらりとし過ぎている。梅雨だというのに湿度も熱もまるでない。事務的に話を進めているだけのような・・・。まるで、コンビニやファーストフード店のマニュアルバイト店員による上滑りの接客のようだ。森田屋が高崎に旅立つ時、またしても滝子(大地真央)と冗談でいがみ合うところも、ふたりのいつもの絡み入れておきましたって感じでまったく心踊らない。
なんといっても、祝言の席で長谷川が「人生は柳のようであれ」といい台詞を吐いて、それを常子(高畑充希)が感慨深げに聞く場面。ここもあんまり心に響かなかったのは、わたしだけでしょうか(なつかしいだいたひかる風)。
戦争で、長いこと住んできた家から離れなくてはならない森田屋にはもっと哀しみや怒りすらあるのではないかと思うが、そういうのを書かない。常子だって理不尽な目にあっているにもかかわらず、あっという間に立ち直りそう。

西田征史は、ユリイカ2012年5月号の「テレビドラマの脚本家たち」特集のインタビューで、「過去に辛い思いをされた経験のある方は、劇中のそういうシーンが見れなかったりする。だから人が悲しむようなものは直接的に描かず、観た人ができるだけ救われるような作品にしていきたいという気持ちがあります(後略)」と語っている。彼のそういう気持ち(優しさ?)が、こういう展開を生むのだろうか。
(木俣冬)