衝撃の人喰い小説『ブラック・ドッグ』どっちがケダモノだよ!

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犬のごはん


犬に与えてはいけない食べ物は意外に多い。


牛肉や豚肉などは加熱すればOKだが、生肉には寄生虫や病原菌が含まれている場合が多いのでダメ。鶏肉はサルモネラ菌がいるし、鳥の骨は犬が噛み砕くと鋭利な割れ方をするので注意が必要。
魚にだって寄生虫はいる。十分に加熱するのはもちろんのこと、魚は種類によっては消化できない骨もあるので、丁寧に骨を取り除いてやらなければならない。貝類などは消化が悪く、海藻には毒素が含まれているものもあり、皮膚病を引き起こす可能性がある。
玉ねぎがダメなのは常識だし、果物類は糖質が高いので与えすぎには注意しなければならない。

……と、愛犬のことを気遣えば気遣うほど食べさせられるものは限定されてくるのだが、フィクションの世界では、そんなことおかまいなしに犬は豪快に物を喰う。たとえば人間さえも!

葉真中顕の最新作


老人介護を題材にとった『ロスト・ケア』(2013年)で一躍注目を集めた葉真中顕は、続く『絶叫』(2014年)で「貧困」や「ブラック企業」といった社会問題と人間との関わりを抉り出して見せた。いま、もっとも注目すべき社会派ミステリーの書き手だと言っていいだろう。

そんな彼の3作目『ブラック・ドッグ』は、まさかの人喰い犬小説だった! 

ある年のクリスマスイブ。東京湾に面した埋立地のイベント会場では、ECOフェスタという催しが開かれようとしていた。

ペット流通の大手アヌビスが、話題の商品──品種改良によって生後4週程度の姿のまま成犬となる愛玩犬エンジェル・テリア──の即売会を企画している一方で、動物愛護団体のウィズは保健所から救い出した犬たちに新たな飼い主を募る譲渡会を実施する予定でいた。

他にも、動物の言葉がわかるという触れ込みで人気のタレントや、会場で歌を唄うために駆り出された中学生など、様々な人々が集まりつつあった。まもなくオープニングセレモニーが始まるというそのとき。ゆっくりと会場の防火シャッターが閉まりはじめた。そして──。

巨大な黒い犬。いや、犬と言うにはあまりにも大きな獣、だった。
それが一頭のみならず何頭も、ぞろぞろと扉から出てきた。
最初に誰かが悲鳴をあげるより早く、黒い獣たちは扉の前にいた数人に襲いかかった。無造作に跳びかかり、押し倒し、噛みつく。首に、腹に、腕に。そして肉を噛みちぎる。
血しぶきが舞い、悲鳴があがり、扉の前にいた人々の一部は逃げ出し、一部は呆然とした。

あとはもうノンストップである。閉鎖された環境の中で、黒い犬対人間の殺戮絵巻が繰り広げられる。血糊を撒き散らしながら物語は一気にラストまで突っ走る!

社会派人喰い小説の誕生


犬が人間を襲う小説といえば、真っ先に思い浮かべるのはスティーヴン・キングの『クージョ』だろう。あの作品では、犬が人を襲うようになった理由を狂犬病に設定し、スケールは小さいながらも現実味のあるサスペンスを描くことに成功している。

一方、本作『ブラック・ドッグ』は高度な戦闘能力を備えた殺戮犬というかなり派手めな設定でありながら、そんな化け物が出現するに至った背景には、現代のペット産業や食肉文化が抱えている問題が色濃く影を落としている。

人喰い犬の襲撃は背筋が凍るほどの恐怖をともなうが、ならば我々人間が動物にしてきたことは残酷ではなかったのか。あるいは、極限状態におかれた人間はどこまで人間としての理性を保っていられるのか。どっちがケダモノだよ、って話である。つまり、本作は人間と獣との境目を問いかけてくるのだ。

これまで介護問題、貧困社会、経済格差などといった題材を手がけてきた作者がアニマルパニックを書くとこうなるのかと、その腕の冴えを見せられた気分である。ガオー!
(とみさわ昭仁)