『好きにならずにいられない』 (C)Rasmus Videbæk

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(…前編「ミュージシャン監督が描く冴えない中年男の恋」より続く)
【映画を聴く】前編/“北欧のトトロ”のピュアすぎる恋を描く『好きにならずにいられない』。さり気なく沁みる音楽も魅力

【映画を聴く】『好きにならずにいられない』後編
音楽大国としれ知られ
音楽ファンが注目する国、アイスランド

デンマーク、ノルウェー、フィンランド、スウェーデンと並ぶ北欧諸国のひとつであるアイスランドは、国土が北海道の約1.3倍ほど。人口は約32万9,000人で、これは新宿区民の数とほぼ同じだという。そんな小さな島国であるアイスランドは、いっぽうで音楽大国としても知られている。たとえばビョークや彼女がかつて在籍したシュガーキューブス、そしてシガー・ロスらは同時代のロック/ポップス好きなら知らない人はいないし、エレクトロニカ系のムームやポストクラシカル系のオーラヴル・アルナルズの存在も熱心な音楽マニアには知られるところ。ドゥニ・ヴィルヌーグ監督『ボーダーライン』の音楽を手がけたヨハン・ヨハンソンが第88回アカデミー賞作曲賞にノミネートされたことも記憶に新しい。

前編でも触れたように、ダーグル・カウリ監督は映画監督として知られる前から“SlowBlow(スロウブロウ)”というユニットでミュージシャンとしての活動を続けている。写真家としても活動するオリ・ジョンソンとのデュオで、これまでに4枚のアルバムをリリース。90年代以降のローファイ・サウンドにエレクトロニカ的なセンスを散りばめたその音楽性は国内外のインディ・ポップ好きに密かに支持されており、特に2005年のセルフタイトル・アルバム『SlowBlow』は、11年経った今の耳で聴いても新鮮なアイディアがたくさん詰め込まれた佳作だ。

本作『好きにならずにいられない』の劇中で使用されるスロウブロウによるサウンドトラックは、アルバム『SlowBlow』で聴けるようなポップ寄りの音楽ではない。弦楽器による室内楽的な楽曲や静謐なギター・ソロ曲など、クラシカルなマナーを主体とした悲しげな旋律の楽曲がピンポイントで使われている。それらのオリジナル曲と先述の「Island in the Stream」のような明るいカントリー曲や主人公のフーシが好むスラッシュメタルとのコントラストが鮮やかで、見る者はフーシと彼が恋に落ちるシェヴンにとって音楽が辛い現実から逃避するための手段であることを理解する。辛い現実を表現することに徹したスロウブロウの楽曲を聴くことで、カウリ監督のミュージシャンとしての器用さを推し量ることができるわけだ。

ヴィンセント・ギャロやデヴィッド・リンチをはじめ、ベル・アンド・セバスチャンのスチュアート・マードック(『ゴッド・ヘルプ・ザ・ガール』)や黒猫チェルシーの渡辺大知(『モーターズ』)など、ミュージシャンと映画監督を掛け持ちして双方で高い評価を得ている人は少なからず存在するが、中でもダーグル・カウリ監督の両立ぶり、双方での個性の際立ちぶりには目を見はるものがある。日本ではこれまで2003年の『氷の国のノイ』が辛うじてDVD化された程度だが、本作を機に注目度が高まることを期待したい。(文:伊藤隆剛/ライター)

『好きにならずにいられない』は6月18日より全国順次公開される。

伊藤 隆剛(いとう りゅうごう)
ライター時々エディター。出版社、広告制作会社を経て、2013年よりフリー。ボブ・ディランの饒舌さ、モータウンの品質安定ぶり、ジョージ・ハリスンの 趣味性、モーズ・アリソンの脱力加減、細野晴臣の来る者を拒まない寛容さ、大瀧詠一の大きな史観、ハーマンズ・ハーミッツの脳天気さ、アズテック・カメラ の青さ、渋谷系の節操のなさ、スチャダラパーの“それってどうなの?”的視点を糧に、音楽/映画/オーディオビジュアル/ライフスタイル/書籍にまつわる 記事を日々専門誌やウェブサイトに寄稿している。1973年生まれ。名古屋在住。

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