東京やり直し五輪の風潮を受け入れて、全部「一回出して引っ込める」べしという組織委員会へのアドバイスの巻。
よし、ウチもそろそろメダル作ろう!

東京五輪を待望するみなさまにとって、とても佳き日となりました。マスゾエ都知事、辞職。違法性はないという友だちの弁護士の説明を盾に、暗殺されるまで都知事の職に居座るのではないかと懸念されていた渦中の人が、自ら身を退いてくれた。面倒な都議会解散などされることなく、手間なくことが運んだのは大変結構なことでした。

これで東京五輪にも大いに加速がつくはず。

マスゾエ氏の政治姿勢を端的に言うと「ケチ」でした。とにかくすべてをケチり、みみっちいことを並べ立てるのがポリシーというか、政治理念というか、彼なりの正しさであったように思います。新国立競技場の建築にあたっては、旧計画に対して「都が金を出す道理はない」とイチャモンをつけたことがキッカケとなり、ほぼほぼ固まっていた計画をひっくり返すことに導きました。五輪開催の主体、当事者オブ当事者である東京都知事が「金を出さない」と言い始めたことは、世間の「さすがにザハ案は高いですなぁ」というケチ感覚を刺激し、まさに火を点けた格好でした。まさかソイツが政治資金で「クレヨンしんちゃん」を買っていたとは。主婦・野原みさえもビックリです。

会場整備の縮小についてもそう。東京という街を多くのスポーツが楽しめる未来文化へと発展させていくことに悦びややりがいを感じることはなく、とにかく「ケチ」だった。新規建築計画には次々にNOを出し、「コンパクト五輪」がウリだったはずなのに、普通にさいたまスーパーアリーナとかを使う方向へとケチり始めます。極めつけは自転車競技を伊豆でやるという話。もちろんマスゾエ氏が「伊豆にしよう」と言ったわけではないでしょうが、「ケチ=正義」という大きな方向性が「自転車なんだし、どうせ誰も見ないだろうし、伊豆でいいよね」という方針を後押ししたことは間違いありません。伊豆でいいわけないだろ。試しに行ってみたけどすごい遠かったぞ!

そして選手たちに対しても冷たかった。基本的にスポーツ選手は「夢や感動を与える」存在ではなく、「働きもせず金をむしっていく連中」という考え方がマスゾエ氏にはあるのでしょう。リオ五輪でメダル候補の一角にあったバドミントン選手が裏カジノで遊んでいたことが発覚した際には、「アマチュアの強化選手は国民のお金が掛かっているので、その自覚をスポーツ連盟のトップがしっかり教えるべきではないか」などと指弾。国民のお金が掛かっている政治家でありながら、そのお金を家族旅行や絵画購入やクレヨンしんちゃんに充てていたとはとても思えないような言いっぷり。1階から10階の本棚にクレヨンしんちゃんを投げてスポッとおさめるような「棚上げ名人」ぶり。同じクチが「金は使いこんだけど違法性はない」と繰り返すことになろうとは。

とにかく「自分の損得を中心としてケチる」ことがすべて。

俺の金を他人が持っていくときは過敏になるけれど、俺が他人の金を使うときはフリーダム。そうした姿勢は、基本的に政治家とは対極であろうと思います。ムダを防ぐことは大事ですが、政治とは最終的には「集めた税金をどう使うか」を決める仕事。どこに金を出すかを決める仕事です。それはどこかで腹をくくり、「よっしゃ、金を出そう」と決断しなければならない。その意味で、マスゾエ氏には根本的に政治家としての資質はなかったように思います。

リオ五輪が終わるまでは…という執念も、タダでVIP海外旅行ができる今年最大のお楽しみ計画へのこだわりだったのではなかろうか。東京五輪の運営には総じて消極的でありながら、リオにだけはやたら行きたがるというあたりにも、そんなことを思います。本当にやる気があれば、湯河原に行っている時間に各競技の現場でも見たらいいじゃないですか。とりあえず伊豆の自転車競技会場に連日通えと言いたいですね!

ということで、たまっていた鬱憤をひとしきり吐き出したところで、東京やり直し五輪の次のやり直し計画を立てていきましょう。

◆新国立競技場・エンブレム・首長…一回揉めてリセットされる五輪!

しかし、この東京五輪はやり直しが多い。新国立競技場、エンブレムともに「決まりました」の段階から揉めてひっくり返ってきました。そして今度は首長。リオ五輪の閉会式ではオリンピック旗を受け取って振らないといけないのに、この直前でクビを挿げ替えることになろうとは。これは本格的に「東京やり直し五輪」(※1回やったけど途中で揉めたので時期をズラして最初からやり直すの意)になりそうな予感がしますね。

↓今となっては、コレが何だったのかもよくわからないザハ案!

単に「このオバちゃん絵が上手いなぁ」という印象しか残さず、ザハさんは亡くなった!

本当に絵が上手い!


↓知らない人が世間に出てきて、その人がグッタリするまで殴りつづけたエンブレム!


これオリックスにあげよう!

T-岡田のグッズとかで使っていいです!

↓コレが1回でスンナリ決まったと思われているけれど、コレは東京五輪とは無関係のものです!

五輪ボランティアの制服ではない!

なのでやり直し対象外!

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世間に「コレです」と出したあと、一回揉めてひっくり返る。その大きなトレンドを組織委員会は覚悟すべきでしょう。もう世間は「俺たちの意見でひっくり返せる」ことを学んでしまったのです。気に入らなければ必ず立ち上がります。ここから出てくる、より揉めそうな案件…マスコットとかメダルとか開会式とかも必ずひっくり返ります。

マスコットは大会2年前くらいの段階で発表されるのものですが、そこで1回ひっくり返ることを考えれば来年あたりに一回発表したほうがいいでしょう。「何だこのご当地キャラ」「つば九郎のほうがマシ」「つば九郎にしろ」という猛烈な反対意見(※フリップに書いてある筆談形式)でダサイゆるキャラが却下されることは目に見えています。そうした声を受けて、一回取り下げてお詫びしてから本番デザインを出す。その順番でなければお許しはいただけないでしょう。

最大の揉め事案件となる開会式は、極端な話、1年前に初演をやっておくくらいの準備が必要です。誰が演出をしてどんなネタをやるのか、それが漏れてきた段階でキレイに揉めればいいですが、秘密裏にことが運んだりして揉めるタイミングを見失い、当日になって揉めるかもしれない。「秋元…」とか2文字出てきた時点で、一回揉めそうじゃないですか。揉めるなら早く揉めたほうがいい。

そしてメダル。五輪メダルというのは大会直前に発表されるのが通例。デザイン決定のお知らせで世間を盛り上げ、おばちゃんが紐を通す様子などをニュースで流すのは定番のネタです。きっとコレも揉める。大会直前なのでやり直す時間がないという現実問題もあるでしょうが、五輪への盛り上がりを削ぐように「メダルデザインにトレース疑惑」「現存する煎餅に酷似との報道」「草加市で江戸時代からつづく煎餅店の店主は…」といったネットニュースのほうだけが盛り上がる未来が見えます。金属片の形なんて、さっさと決めてしまったほうがいい。「コレでどうですか?」「ダメですか…わかりましたやり直します」「A・B・C・Dの4案からお選びください」のステップを踏んで。

↓リオ五輪では揉める心配などまったくせずに大会直前にメダルデザインを発表!

うむ、普通である!

何ひとつ揉めそうな気もしないけれど、東京はきっと揉めるだろうな!

「10円玉みたい」とか「リボンがイヤ」とか難癖をつけて!

↓東京で同じモノを出した場合、ケースには文句がつきそうな気がする!


「何だこの木」「入れづらいし出しづらい」「ネクタイケースみたいなのでいい」的な!

「文句を言いやすいところに文句を言う」がトレンドだから!

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何かあれば「五輪ごとやめよう論」が噴出し、真顔で「招致の際に金を払っていたようだし、ロンドンでやってもらおう」などと言い出す向きもあるくらい、「やり直し」はトレンドとなっています。リオなんてヨットとかの会場で、謎の魚大量死が定期的に発生して、殺人バクテリアを検出なんて記事まで出ているのに堂々としているのですが、東京はどうも器が小さい模様。堂々と居座ろうとしたのはクレヨンしんちゃんだけで、あとは世間の声に押し切られて「やり直し」を演じてしまっている。

諦めましょう。やり直しましょう。ここまでの流れ、「二度目のやり直しはない」ことはわかっています。新国立競技場だって、出てきたやり直し案が「全会一致」とは思いませんし、聖火台の場所は未決定なんて報道もありましたが、もう燃えていないじゃないですか。もともと大した理念や根拠もなく、勢いで燃えているだけの火なので、二回も同じことをするパワーはないのです。何度も同じものを燃やすより、フレッシュで燃えやすい材料を探すほうが楽しいですし。

その観点からすると、早く出してしまったほうがいいのです。荒くても。むしろ、ちょっと荒い状態で出すほうが「ツッコンでやったわー」と燃やす勢力の溜飲が下がるので結構。「よりよいものを作りたい」のではなく「自分のチカラで世間を変えた手応えがほしい」というところにメインテーマがあるわけですから、上手く受け止めて受け流せばいいのです。

炎上は、上手く活用すれば、五輪を周知する大きな追い風にもなるもの。ご覧なさい、あの組市松紋エンブレムを。何もなくアレに決まっていれば「ふーん」で4年間流されたものが、一回大火事になったことで印象も強まったでしょう。「一回燃やしてから消す」ところまでをステップとして覚悟すれば、全部が悪い話ということでもありません。

きたる東京都知事やり直し選挙では、今度こそ「五輪の具体像」という争点をもって、選挙戦を演じてもらいたいもの。「政治とカネ」なんてテーマはやめていただきたい。カネをちゃんとするのは当たり前のことであり、争点ではないのです。未来に向けてどこに金を使い、何を生み出していくか、その話をする機会にしてもらいたいもの。いい炎上にしたいものですね。

都知事選に出れば僕が五輪運営するワンチャンあるな!