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宇宙航空研究開発機構(JAXA)は6月14日、X線天文衛星「ひとみ」(ASTRO-H)の事故に関する調査報告書をまとめ、文部科学省の宇宙開発利用部会に提出した。この報告書は、同部会が設置した第三者委員会が審議し、「内容が妥当」と判断されたもの。この中で、JAXAは事故の再発防止を目的とした4項目の対策を明らかにしている。

今回も従来と同様、JAXA宇宙科学研究所(宇宙研=ISAS)の常田佐久所長と久保田孝宇宙科学プログラムディレクタが質疑に応じていたのだが、冒頭、高橋忠幸ASTRO-Hプロジェクトマネージャ(プロマネ)が一言述べる機会があった。ひとみの事故後、高橋プロマネはJAXAの記者会見等には出席しておらず、公の場で発言するのは初めて。以下、全文を掲載する。

「本年2月に打ち上げたASTRO-Hからの通信が途絶えて以降、なんとか復旧させようと衛星の現状把握と回復に向けた努力を続けてきたが、至らなかった。4月28日に運用断念が決まった後は、なぜこのようなことが起きたのか、背後要因まで明らかにすべく、原因究明チームとともに、プロジェクトをどのように進めてきたのかを含めて精査してきた。この報告書を前に忸怩たる思い。国民の皆様に期待されたミッションを達成できなかったことを、プロジェクトマネージャとして大変申し訳なく思っている。この場を借りて、国民の皆様、国内外の研究者の皆様に、心からお詫び申し上げる」(高橋プロマネ)

ひとみに何が起きて、どうやって壊れたのかという技術的な部分については、すでにほぼ全容が明らかになっており、そのことについては前回のレポートでまとめた。今後の注目点は、JAXAがどんな対策を実施するのかということだ。対策の骨子は以下の4つになる。

1. ISASプロジェクトマネジメント体制の見直し
2. ISASと企業との役割・責任分担の見直し
3. ISASプロジェクト業務の文書化と品質記録の徹底
4. ISAS審査/独立評価の運用の見直し

上記1.は組織面での見直しだ。従来、宇宙研のプロジェクトでは、プロジェクト管理に責任を持つProject Manager(PM)が、サイエンス成果の創出に責任を持つPrincipal Investigator(PI)も兼務してきた。ひとみでは、科学観測を重視する一方で、安全に対する意識が欠けていたと指摘されており、今後はこの両者を別人が担当する。

科学衛星には、科学的な成果を上げることと、衛星を安全に運用することの両立が求められる。PMは設計・製造・運用の各フェーズにおいて、この両者のバランスを見極めて判断する立場であるが、PIも兼ねていれば、どうしても科学寄りになってしまいがちだろう。必要であればブレーキ役にもなれるよう、両者を完全に分離する。

上記2.は、メーカーとの関係の見直しだ。従来の衛星開発手法は「宇宙研インテグレーション」と呼ばれ、宇宙研が中心となって開発を取りまとめ、各機器を担当するメーカーが技術支援していた。宇宙研の研究者とメーカーの技術者は複雑に入り組んでおり、役割や責任の分担が契約上も実行上も曖昧だった。

今後は契約書で役割分担と責任関係を明確化。衛星システム全体の設計・製造は、これを一元的に実施できる企業に委託し、その安全性に責任を持たせる。一方、宇宙研は科学要求の立案、先導的な技術開発、最先端のセンサー研究開発などに注力し、プロジェクトを確実に実施する責任を負う。

上記3.は、文書化の徹底である。今回のひとみの事故では、スラスタ制御パラメータの変更について、運用を規定する文書に記述がないなど、運用計画の不備が明らかになっている。背景には、計画書や手順書の重要性に対する過小評価があったとし、今後は、認識を共有し、作業ミスを防止するために、運用文書や品質記録の作成を徹底する。

上記4.は、設計審査や独立評価の強化だ。ひとみでは、特定の技術課題に議論が集中したため、網羅的な審査ができなかった。また運用準備が遅れたことで、運用の妥当性評価も不十分になってしまった。これが事故に繋がったことから、今後はソフトウェアのIV&V(独立検証および妥当性確認)を義務化するなどし、安全性の向上を図る。

これら4項目を見てわかるのは、「当たり前のことができていなかった」ということだ。何も特別なことを言っているわけではなく、310億円の国費を投じた大プロジェクトとしては杜撰だったと言うほかない。

サイエンスは常に挑戦であり、挑戦であるからには失敗は付きものだ。しかし今回のケースは、それとは違うと筆者は考える。ひとみに搭載した世界最先端の観測機器はすべて正常に動作しており、素晴らしいデータが取れ始めていたという。チャレンジの部分はむしろ成功していたのだ。

今回の失敗は、チャレンジではない部分、チャレンジしてはいけない部分で起きたものだろう。常田所長も、「宇宙研の先端性が劣化しているのではなく、基本動作ができていなかった」と見る。それだけに余計残念だ。

ひとみの事故で明らかになった背後要因を一言で表すとすれば、それは「宇宙研らしさ」ということに尽きる。宇宙研では伝統的に、プロマネを中心としたコンパクトな体制で先端的な衛星を開発してきた。必要な情報は、すべて頭の中に入っているので、プロジェクトが小規模なときは、極めて効率がいい。コストも安上がりだ。

宇宙研はNASAに比べ、遙かに少ない予算の中で、小惑星探査機「はやぶさ」に代表されるような、世界最先端の成果を上げてきた。これは「宇宙研らしさ」の良い面が出た例だと言えるが、ひとみでは、これが「全部裏目に出た」(常田所長)。プロジェクトが大規模化・複雑化する中で、従来の宇宙研の方法では、対応できなくなっていたのだ。

4項目のすべてに「ISAS」と書いてある点から分かるように、JAXAは、これは宇宙研に特有の問題という認識だ。JAXAはもともと、宇宙科学研究所(相模原)、宇宙開発事業団(筑波)、航空宇宙技術研究所(調布)の3機関が統合して発足した組織。統合した後も、相模原では独特の開発手法が残っており、それがこの結果に繋がった。

事故を受け、宇宙研の改革は必須とは言えるが、委員の間からは、「宇宙研の良さ」まで失われるのではないかとの懸念の声も上がっていた。今回の対策で、メーカーに設計・製造を委託し、安全性を担保させるのであれば、コストは確実にアップするだろう。予算面でどうなるのかという見通しも不透明だ。

常田所長は、「宇宙研はJAXA内で孤立して宇宙科学を行うのではなく、JAXA全体の一般職の能力まで総合的に活用しないと、もうひとみレベルの衛星は作れない」と危機感を隠さない。宇宙研の良さをうまく残した形で、信頼性や安全性が高い体制を構築できるか。JAXAは6月中を目処に、具体的な実行計画の策定に着手する意向。

(大塚実)