「抵抗の新聞人 桐生悠々」(井出孫六著、岩波新書)

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■「抵抗の新聞人 桐生悠々」(井出孫六著、岩波新書)

言論人の生涯を描く力作である。本書カバー裏の解説にはこうある。

「明治末から日米開戦前夜に至るまで、『信濃毎日』『新愛知』の主筆として、また個人雑誌『他山の石』の発行人として、どこまでも反戦と不正追及の姿勢を貫き、ジャーナリズム史上に屹立する桐生悠々...」

但し、読了してみると「反戦と不正追及の姿勢」は正確とは思えない。桐生は徹底した合理主義者であり、事実と論理に忠実な人、というのが評者の印象だ。この解説はいかにも岩波らしい桐生評というべきだろう。

乃木殉死を批判する

桐生は幾度も筆禍に遭う。明治天皇の崩御に伴い乃木希典大将が殉死したが、これを批判した社説への反響もその一つだ。

日本中が乃木の忠義に感動を深めていく中、桐生は「五箇条の御誓文」の第四条「陋習を打破し、天地の公道に就く可し」を引き、封建の陋習たる殉死は許されず、次の天皇に仕えることが公道と説く。社説はさらに、社会貢献や人情、殉死の奨励が招く弊害(善人が滅び、悪人がはびこる)等々を挙げ、同情は寄せつつも乃木の行為を徹底的に批評している。

今聞けば真っ当な議論だが、時代は桐生の主張を許さなかった。今でいうバッシングが沸き起こり、「なかには紙面に痰を吐きかけて送り返してくるもの」もあったと著者は記している。異なる意見を許す度量なく、感情論で集中砲火を浴びせた当時の世論は、現代の奇妙な同調圧力や「炎上」と言われるネット上の罵詈雑言と重なる。

ここで著者はこう語る。「『識者』の歯切れの悪い談話をもって、新聞が『代弁』という逃げの姿勢で、乃木将軍の殉死を扱ったなかで、信濃毎日の悠々社説は、やはり異色の存在だった」。

ここから、「識者」に語らせて事足れりとする風潮が当時からあったことが知れる。

おそらくは、事実誤認や虚偽を混ぜた煽情論で売文する者を「識者」とし、その言を見出しで誇張して人々の溜飲を下げさせる今の週刊誌のようなやり口もまた、あったことだろう。

「悪貨は良貨を駆逐する」は言論市場にあってほしくないが、良識ある人ほどデマゴーグには眉を顰めつつも沈黙してしまう。週刊誌は、著名人の醜聞は得意だろうが、政策論議は極めて怪しい。中吊り広告に踊る「大胆な政策」「○○を徹底批判」の類は、悪意ある曲解や誤謬を含むものばかりだが、鵜呑みにする人が存外多いことに、評者は驚いている。

関東防空大演習を嗤う

桐生が新聞界を追われたのは、「関東防空大演習を嗤う」という一文が原因である。昭和8年8月11日信濃毎日新聞紙上での桐生の文章は、冷静な筆致ながら表題をはじめ刺激的な表現を散りばめている。昭和20年3月のいわゆる東京大空襲に先立つこと十余年前の説である。論旨を抜粋しよう。

「敵機の爆弾投下こそは、木造家屋の多い東京市をして、一挙に、焼土たらしめる」「そこに阿鼻叫喚の一大修羅場を演じ、関東地方大震災当時と同様の惨状を呈する」「敵機を関東の空に、帝都の空に、迎え撃つということは、我軍の敗北そのもの」「最初からこれを予定するならば滑稽であり、やむを得ずして、これを行うならば、勝敗の運命を決すべき最終の戦争を想定するもの」である、と桐生はいう。

そして、この防空大演習は「パペット・ショーに過ぎない」と喝破したのである。

この正論に、在郷軍人の政治組織である信州郷軍同志会が噛みつく。

同演習は「その意義極めて重大にして」との陛下の御沙汰書が下っており、社説は不敬にわたる、というのが理由だ。桐生の社説は当時の新聞紙法にいう秩序紊乱のおそれがなく同法では取り締まれぬ。そこで御沙汰書に事寄せた。つまらぬ揚げ足取りというほかないが、これを盾に、全信州八万の郷軍同志会が発行部数二万の同新聞をボイコットすると脅しつける。

曲折を経て、事態は桐生が自ら退職して収拾される。信濃毎日新聞は横車に屈したのである。

会社は経営が成り立ってこその存在であり、これは時代が下っても変わらない。小規模の言論機関への経済的攻撃は痛打だ。主義の左右を問わず、言論には言論のみで対抗する自制が欲しいのもまた、今の世と変わらない。

桐生の「気概を受け継ぐ」人々

信濃毎日を退職後、桐生は個人誌「他山の石」を発刊、洋書要約や論説によって糧を得る。だが相次ぐ検閲と発禁処分で収入は先細っていく。言論封殺が経済的な死をも予感させる中、桐生は病没する。

その末期を著す本書終盤の筆は冴えわたり、当局の卑劣さを超越した境地を示し、不思議な清涼感さえ漂わせる。

巨星・桐生にあやかろうというのか、ここ数年、新聞や雑誌で桐生の名を見かける。だが、海外情勢もつぶさに調べ真実を抉った桐生の名を挙げながら、オスプレイが危険だなどという誤謬を平然と述べる論旨は、納得しがたい。また現代ジャーナリズムが闘う相手を戦前の軍部になぞらえるとすれば、誇張を通り越して滑稽だ。紙面に桐生の「気概を受け継ぐ」と書くのをみると、平成の世に圧力と呼べるほどのものがあるか、と問いたくなる。尤も、論説委員の自己陶酔であれば心情は理解できなくもない。きっと純粋な方なのだろう。

言論の自由は不断の営みで動態的に守られるべきものだ。しかし、およそ脅威がありもしないときに声高にそれを叫んでも、オオカミ少年の如き悪弊しか生じまい。

そう思えば、官僚も「国益のため」と叫びがちだ。以て他山の石としよう。「自説は正しい」と信じたい心裡を抑制することは、マスコミ、官界問わず柔軟な思考を確保するために不可欠だろう。

だとすれば、事実誤認に首を傾げ、卑俗な表現に辟易しながらも、今後は週刊誌の「大胆な政策」なるものも、謙虚に拝読せねばなるまい。時代は週刊誌を愛でているらしい。第一権力たるマスメディアが、その方角を誤らぬよう祈るのみである。

酔漢(経済官庁・擬錙