「中国」という言葉を聞くと多くの日本人は中華人民共和国を思い浮かべるかもしれない。しかし中国メディアの今日頭条は11日、以前の日本人は「中国」という言葉を聞くと日本の本州西部に位置する中国地方を思い浮かべたと説明しており、何がこうした変化を生じさせたかという点について論じている。(イメージ写真提供:123RF)

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 「中国」という言葉を聞くと多くの日本人は中華人民共和国を思い浮かべるかもしれない。しかし中国メディアの今日頭条は11日、以前の日本人は「中国」という言葉を聞くと日本の本州西部に位置する中国地方を思い浮かべたと説明しており、何がこうした変化を生じさせたかという点について論じている。

 「日本人が山陽と山陰を合わせた地域を中国と呼んでいたことを示す最も古い文献は、南北朝時代の太平記である」と記事は紹介。一部資料によれば太平記は1370年代に現在の形にまとめられたという説がある。

 では中華人民共和国を表す「中国」という言葉はいつから使用が始まったのだろうか。この点について記事は「日本側の見解によれば、中華民国が出現して初めて「中国」という言葉の公式使用が開始された」と説明。中華民国の成立は1912年だったゆえ、当時の日本人にとって中国という言葉の持つ主要な意味は、依然として本州西部の中国地方のことであったはずだ。

 ではいつから変化が生じたのだろうか。記事は「第2次世界大戦に至るまで、日本は我々を中国と呼ぶのをずっと避け、その代わりに支那と呼んだ」と主張。しかし「第2次大戦後になって初めて、中国という言葉が中華人民共和国を指すということを受け入れるようになった」と主張、それゆえ日本人の態度の変化は敗戦と直接関係があると論じた。

 これは歴史が自分個人の生活や習慣に深い影響を及ぼしていることを示す事例の1つと言えるのかもしれない。日本人にとって「中国」という言葉の持つ主要な意味は、何百年もの間ずっと山陽と山陰を合わせた地域のことだった。

 第2次大戦がなければ、日本人は現在に至るまで中華人民共和国あるいは中華民国を「中国」とは呼ばずにいたかもしれない。支那という言葉のルーツに侮蔑的な要素はないが、中国人は侮蔑感を強く感じるため、日本人が支那という言葉をやめたのは、中国に対する配慮も一因と言えそうだ。(編集担当:村山健二)(イメージ写真提供:123RF)