釈明・お詫びに「流暢な説明」はむしろ身を滅ぼすことになる!
【山口博[連載コラム・分解スキル・反復演習が人生を変える]第8回】

◆流暢な説明が騒動を長引かせる

 釈明会見、お詫び会見が、日をおかずしてメディアを賑わしている。「人の噂も75日」と言うが、騒動を長引かせてしまうケースには、事の大小はもちろんのこと、当事者自身のコミュニケーションの仕方に、“ひとつの特徴が”あることがわかってきた。それは、「立て板に水のごとく応酬している」ということである。

「相手の家族に申し訳ないと思わないのですか?」―(間をおかず)「それは、もう、申し訳なく思います」

「進退については、どうお考えですか」―(即座に)「生まれ変わった気持ちで、職務をまっとうさせていただき、責任を果たさせていただきます」

 記者から質問されれば、間をおかず、すぐに答える。このような会見を耳にすると、この騒動も長引くかと思わざるを得ない。

「立て板に水の如く話すことは、良い喩えではないか。何が悪いのか?」という声が聞こえてきそうだ。実は、悪いのだ。

 次のような事例もある。朝の駅前での政治家の該当演説。トップを争うと目される2人の政治家が日毎入れ替わり演説をしている。方や、流れるようにスラスラと演説をしている。もう一方は、ひと言話すごとに、ひと休みして、かなり時間をかけながら話している。

 観察していると、前者の流暢な演説に対しては、駅へ急ぐ人は見向きもしない。しかし、後者の朴徳な話に対しては、道行く人が見ていたり、歩調を緩めたりしているではないか。良く見ると、後者の政治家は、ひと言話す毎に、駅へ急ぐ人を見つめて、うなずいている。それにつられて、見つめられた人も、目を向けたり、目でうなずきを返したりしている。そして、次のひと言は、また、別の人を見つめて、うなずくことを繰り返していたのだ。

◆立て板に水の如き話が身を滅ぼす

 読者のみなさんは、これら二人の政治家のどちらが大成したと思うだろうか。前者は、その後、落選、当選、落選と連続当選ができないでいる。後者は、当選を続け、県知事の大役も務めた後、また国政に復帰し、活躍を続けている。もちろん、朝の演説の仕方だけでその後のキャリアのすべてが決まるわけではないが、私には、キャリアを決める非常に重要な基礎的なスキルであると思えてならない。

 メディアを賑わす会見や政治家の例を挙げたが、日常生活の場面でも、同じようなことが起こりやすい。――チームメンバーに説明していて、誰も聞く耳をもってくれなかった。お客さまへ商品紹介していたが、興味なさそうにしていた。友人が自分の話を聞こうとせず、スマホばかりいじっている――誰しも一度ならずとも経験していることではないだろうか。

◆聞き手を引きつけ、うなずかせる「間」のパワー

 ひと言話す毎に、アイコンタクトして、うなずく。複数の人に話す場合には、次に別の人に姿勢を向けて、ひと言話し、その別の人にアイコンタクトする。このような話をするだけで、聞き手を引き付けられる度合が格段に高まることが、分解スキル・反復演習の結果、わかっている。

 私は、これを、「1人に対してワンセンテンス」のスキルと呼んでいる。では、このスキルを身に付けると、なぜ、聞き手を引き付けることができるのだろうか。それは、話の良し悪しではなく、極論すれば、話が流暢だろうが、朴訥だろうが、「1人に対してワンセンテンス」をして、次の人に移る際に、言葉を発しない「間」(ま)ができるからだ。その間が、聞き手に、うなずく時間を与えるのだ。

 意外なことに、話下手な人の方が、むしろ、「間」をつくることに長けている。なんとも皮肉な話である。流暢な話が状況を悪化させ、逆に話下手な人が「間」という、言葉を発しないというスキルにより好転させている。そして、言葉を発しないで「間」をつくるとは、なんと簡単なスキルかと思われるかもしれない。しかしこれが、大変難しいのだ。ほとんどの日本人は、言葉を発しない演習などしたことがないのだから。