IMG_8438
 ユーロ2016。全51試合中7試合を消化した段階でこの原稿を書いているが、姿を現した14チームの中で、3バックで戦っていたチームはウェールズのみだ。

 3バックと一口にいっても、攻撃的なものから守備的なものまで様々あるが、ウェールズのサッカーは守備的だ。守備的か攻撃的かの分類法に絶対的な物差しはないが、100%感覚的な話でもない。

 最も明快なのは「アクチュアル(実際の)フォーメーション」だ。



 FIFAのホームページを辿れば、そこに行き着くことができるのだが、サンプルはW杯本大会の試合に限られる。UEFAのホームページ上では「テクニカル・ラインナップ」として紹介されている。ユーロ2016各試合の試合情報ページから閲覧することができるが、これを眺めれば、ウェールズの3バックが、実際には5バックであることが一目瞭然になる。後ろに人が多いか否かは、守備的か否かの物差しそのものだと言える。

 後ろに人が多い布陣には、さらに次のような特徴がある。

 前方の選手が、ピッチ全体をカバーできていない。サイドに人が少ない。俗にクリスマスツリー型とされる縦長の二等辺三角形を描いていれば、サッカーは守備的だと言わざるを得なくなる。ウェールズはもちろんこれにあてはまるが、昨日、パルク・デ・プランスでクロアチアと戦ったトルコも、同じ形を成していた。

 基本布陣は攻撃的な布陣を代表する4−3−3。だがUEFAのホームページに掲載されているテクニカル・ラインナップに目を凝らすと、それが建前であることがよく分かる。実際には4−3−「3」の「3」の両サイドを務めるアルダ・トゥランとハカン・チャルハノールが真ん中に入り込む時間が長く、その4−3−3は4−3−3の体をまるで成していなかった。

 クロアチア戦の敗因の一つと見るが、テクニカル・ラインナップを見る限り、この2つ以外に守備的なサッカーを確認することができなかった。

 UEFAは、チャンピオンズリーグ(CL)全試合でもテクニカル・ラインナップを掲載しているが、守備的な傾向を示すものに遭遇しにくくなっている。

 クロアチアは8年前のユーロ2008(オーストリア・スイス共催大会)で、トルコと熱戦を繰り広げているが、この時のサッカーは攻撃的とは言えなかった。後方に人が多くだぶついていた印象がある。3位に輝いた98年フランスW杯しかりだ。選手の技術は高かったが、サッカーそのものは守備的だった。

 だが、クロアチアのサッカーはいまやどうだ。トルコ戦では相手が守備的だったこともあるが、攻撃的な姿勢を際立たせていた。後ろに人がだぶつくサッカーではすっかりなくなっていた。

 W杯とかユーロとか、いわゆる集中大会の取材では、ほぼ連日、試合を観戦できるので、サッカーの傾向はCL等より目に止まりやすい。それにFIFA、UEFAのデータが輪を掛ける。

 そうした環境が一切整っていないのが日本だ。科学的なデータに基づく実際の布陣を、少なくとも僕は見たためしがない。戦術論や布陣話が幅を利かせ過ぎていると揶揄する声が多いというのにだ。試合前に発表される建前的な布陣を基に何かを語っても戦術話、布陣話は深まらない。

 逆に「布陣なんてものは、ひとたび試合が始まれば、崩れていくもの。布陣話に固執するのは無意味だ」と述べるテレビ解説者まで現れる始末だ。どう崩れるかが見どころであり、それこそが戦術論、布陣論だとは思っていない様子だ。そこにJリーグのサッカーが、世界の流れと乖離している理由を見る気がする。世界に比べ、守備的サッカーが蔓延る原因を、だ。5バックと遜色ないウェールズより守備的だと言いたくなる3バックを、いまどきこれほど多く見かける国も珍しい。

 ユーロの現場から、日本を眺めると鎖国をしている国のようにさえ見える。「サッカーは布陣でするものではない!」と、流行する布陣論に釘を刺しておきながら、ちゃっかり守備的サッカーに走る監督は、一言でいえば「狡い」のだ。それが詳らかにならなければ、保身は表面化しない。

 サッカーのデータには様々な種類がある。ボール支配率、走行距離、パスの本数等々だが、実際の布陣は、その中でサッカーにとって最も重要な要素だと思う。ゲームの本質を突くデータになる。日本はデータの処理に長けた国ではなかったのか。この種類のデータが登場しないのは、いったいなぜなのか。戦術話、布陣話は、机上の空論と言われがちだが、これは実際の話。現実逃避の姿勢は日本サッカーにとって明らかにマイナス。真っ先に改善すべき点だと、ユーロ2016の現場で、改めて痛感する次第だ。