スポーツ貧血は女子の長距離選手に顕著Eduard Moldoveanu / Shutterstock.com

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 この4月、公益財団法人日本陸上競技連盟(日本陸連)は、栄養セミナー2016「陸上選手の貧血について考える」を東京都内で開催した。セミナーには中・高・大学の陸上指導者や管理栄養士など100人以上が参加。貧血の基礎的な知識や貧血の対処法から、予防法や改善法、鉄の過剰摂取まで、多種多彩な議論が交わされた。

 日本陸連が「貧血と鉄の過剰摂取の予防」に注目しているのはなぜか? 2009年、第64回国民体育大会の強化指定選手である中学生・高校生・成年170人のヘモグロビン値を測定したところ、その25.3%が鉄欠乏性貧血であることが判明している。

 血液中の赤血球は、鉄を含む酸素(ヘモグロビン)を全身に運ぶ役割がある。貧血は鉄を含む赤血球中のヘモグロビン濃度が低下する疾患だ。特にアスリートは、ヘモグロビンの生成に欠かせない鉄が不足する鉄欠乏性貧血(運動性溶血性貧血)を発症しやすい。

 2014年10月、米国オレゴン健康科学大学のデロウリィ博士は、雑誌「NEJM(The New England Journal of Medicine)」に、アスリートが鉄欠乏性貧血を引き起こすメカニズムを発表。また今年5月、英国ケンブリッジ紙は、食事制限によるカロリー不足、月経サイクルの異常、骨密度の低下が、女性アスリートの健康に多大な影響を与えると警鐘を鳴らしている。

鉄欠乏性貧血から鉄過剰症、ヘモクロマトーシスにつながる悪循環

 筋肉が増加する思春期や青年期などの時期は、鉄の必要量や発汗量が増える。発汗が増えれば鉄の量も増え、女性は月経による出血もあるため鉄が失われやすい。特にマラソンや駅伝、サッカー、バレーボール、バスケットボール、剣道などの種目は、何度も足を強く地面に踏みつけ、足底の毛細血管に衝撃が加わることから、赤血球が破壊されるため鉄が失われやすい。

 赤血球の寿命は約120日。壊れる赤血球の数が作られる数を上回れば、赤血球が減少する。これが鉄欠乏性貧血の主原因だ。貧血鉄欠乏性になると、疲れやすい、だるい、力が入らない、集中力が続かない、練習が苦しい、記録が伸びないなどの症状が出る。

 たとえば、マラソンや駅伝などの長距離選手は、太らないように食事制限することが多いため、ますます鉄が不足して鉄欠乏性貧血になりやすい。食事制限すれば、偏食による食事バランスの悪化やダイエットによって鉄が不足するため、鉄分サプリメントや静脈注射による鉄剤の過剰摂取に陥りやすくなる。

 とりわけ大会が近づくと、即効性の高い鉄分サプリメントや鉄剤注射に依存するアスリートが増える。1日当たりの鉄の上限量は、男性が50mg、女性が40mg。安易な鉄剤依存は避けなければならない。

 鉄剤の過剰摂取や静脈への鉄剤注射が習慣化すれば、体内に鉄の排出機能はないので、肝臓、心臓などに鉄が過剰に蓄積し、重篤な臓器障害であるヘモクロマトーシスを引き起こすことにつながる。

 ヘモクロマトーシスは、体内の鉄が異常に増加し、肝臓、膵臓、心臓、皮膚、関節、下垂体、精巣などの臓器に過剰に鉄が沈着する鉄蓄積症だ。

 このようにアスリートは、貧血が起こりやすい条件と鉄を摂りすぎる状況のジレンマから逃れられない。その結果、鉄欠乏性貧血から鉄過剰症へ、鉄過剰症からヘモクロマトーシスへという悪循環を繰り返している。
鉄剤の過剰摂取や静脈への鉄剤注射の連鎖を断つために

 この悪循環の解決に乗り出したのが日本陸連だ。

 今回のセミナーで尾県貢専務理事は、安易な静脈への鉄剤注射は体内の鉄過剰状態を引き起こして非常に危険であり、体調が悪いという訴えだけで鉄剤の過剰摂取や静脈への鉄剤注射に走ってはならないと強く警告している。

 また、ロサンゼルス五輪女子マラソン代表でスポーツジャーナリストの増田明美さんは、鉄剤を摂取して血中の鉄の数値が上がれば、「主食を抜いても構わない、食べなくても大丈夫」と思い込む危険性が高いと指摘し、全国高校駅伝出場チームの全選手に血液検査を科すべきだと提案している。

 さらに、第一生命の山下佐知子監督は、成長期に鉄剤に頼って走ってきた選手は体ができていないし筋肉の質や骨が伴っていないので実業団の練習に耐えられない選手が多い、鉄剤の過剰摂取や静脈への鉄剤注射を解決しなければ長距離の未来は危ういと強調した。

 日本陸連は、静脈への鉄剤注射に関しては現場任せだったが、女子マラソン再建のためには放置できない課題と危機感を募らせ、アスリートの健康確保のため、貧血の予防・早期発見・適切な治療をめざす「アスリートの貧血対処7カ条」を採択。鉄剤の過剰摂取の警告文書を各都道府県協会を通じて配布している。

「アスリートの貧血対処7カ条」
/事で適切に鉄分を摂取
鉄分の摂りすぎに注意
D蟯的な血液検査で状態を確認
と茲譴笋垢ぁ動けないなどの症状は医師に相談
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治療とともに原因を検索
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 このようなアスリートの貧血対策やスポーツ貧血の治療に取り組んでいるスポーツ内科外来もある。

 兵庫県明石市にある特定医療法人大久保病院(山村誠院長)スポーツ内科・婦人科外来は、アスリートのコンディションを整え、パフォーマンスを向上させるために、アスリートやスポーツ愛好家(市民ランナーなど)を対象にスポーツメディカルチェック(アスリート向け健康診断)を行っている。チェック項目は次の通りだ。

.好檗璽張疋ターによる問診・身体診察
⊃搬梁定・バイタル測定
心電図(致死性不整脈や狭心症の有無を評価)
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 このスポーツメディカルチェックによって、スポーツ中の重大事故の予防、自覚症状のないスポーツ内科疾患の早期発見、パフォーマンスの向上などに役立っているという。

 8月開催のリオ五輪が迫ってきた。世界のアスリートは、スポーツ貧血だけでなく、運動誘発性喘息、無月経、異常スポーツ心臓、オーバートレーニング症候群、脱水症、栄養失調、電解質異常、ストレス性疾患、胃腸障害など、多くのリスクに向き合ってトレーニングしている。ベスト・コンディションをキープして記録にチャレンジしてほしい。
(文=編集部)