映画監督スパイク・リーはかつてこんなコメントを残していた。
「若者はアリの功績を知るべきだ。どの時代であれ、本当の英雄はごくわずかだから」

モハメド・アリが亡くなって1週間。現地時間10日には生まれ故郷のケンタッキー州で10万人以上のファンが駆けつける葬儀と追悼式が行われた。

そして日本では、12日(日)の夜8時58分から「モハメド・アリ緊急追悼番組 蘇る伝説の死闘『猪木vs.アリ』」(テレビ朝日系)が放送される。単なるリバイバル上映ではなく、“当事者”であるアントニオ猪木がこの“世紀の一戦”の解説をするというから、注目度は高い。


ただこの試合、“世紀の一戦”であるのはあくまでも日本においてのみ。
日本における「アリ伝説」として外せないのは間違いないが、試合内容以上に、試合が実現するに至ったプロセスにこそドラマがあったはず。「稀代のボクサー、モハメド・アリ」の魅力を感じることは難しいはずだ。

今回の訃報を受け、アリとはどんな人物だったのか、どんな点が“偉大”であり、なぜ世界はその訃報に衝撃を受けているのか、興味を持った人も多いだろう。そんな人にオススメしたいのは『猪木vs.アリ』ではない。

幸いなことに、モハメド・アリに関する文献・映像資料は非常に多い。その中で、レンタルショップでも比較的入手可能な映像ソフトから3つ、モハメド・アリを知る手がかりになる作品を紹介したい。

『モハメド・アリ かけがえのない日々』




61戦56勝5敗。これがプロボクサー、モハメド・アリの通算成績だ。
その中でもハイライトとして語られる試合といえば、1974年、“アリ限界説”がささやかれる中、無敗の世界王者ジョージ・フォアマンに挑んだ一戦。いわゆる“キンシャサの奇跡”が外せない。
『モハメド・アリ かけがえのない日々』は、この“キンシャサの奇跡”を軸に、モハメド・アリの人間像に迫るドキュメンタリー作品だ。

試合の映像が収められているのはもちろんのこと、アリやその周辺人物たちの肉声も充実。さらにはアメリカを代表するジャーナリストや著名人たちがこの試合の意義、社会背景を語ることで、アメリカ文化におけるアフリカ系アメリカ人のルーツを掘り下げていく。冒頭で紹介したスパイク・リーの言葉も、この映画のために用意されたものだ。

同じアフリカにルーツを持つアリ、フォアマンの対戦でありながら、なぜ、現地民はアリに肩入れしたのか? 
そもそも、アメリカ人同士の試合がアフリカ、ザイールの首都キンシャサで実現できたのはなぜか?

ジェームス・ブラウンやスピナーズなどアフリカ系アメリカ人のアーティストたちをも巻き込み、この一戦がただの「スポーツの試合」の枠を超え、世界に与えた影響を知ることができる。

本作では、アリとフォアマン以外にも主役と呼びたくなる人物がいる。それが、この試合を取り仕切ったプロモーター、まだ若き日のドン・キングだ。

「昔、奴隷としてアフリカを去り、そして今、輝かしく王者たちと戻ってきた。スポーツの王者と音楽の王者だ。スポーツと音楽をひとつの有機体に統合したいんだ」とは映画内におけるドン・キングの言葉。

成功すればアメリカ興行界で絶対的な地位を築くことになり、失敗すればどん底暮らし。アリやフォアマン以上に、この一戦がドン・キングにとって人生の岐路だった。そんな彼の出世欲が当時ザイールの独裁者モブツ大統領までも引っぱりだし、実現困難ともいわれた試合を成立させてしまったのだ。

ちなみにこの一戦、試合開始は現地(ザイール)時間の午前4時。それは、アメリカ時間の午後10時にあわせてのもの。今日のオリンピックやサッカーW杯などにおける、欧米中心のタイムテーブルの先駆けともいえる。スポーツメディア史を語る上でも重要な一戦であったことがわかる。

今夜の『猪木vs.アリ』リバイバル上映を受け、「“猪木ボンバイエ”は“アリ・ボンバイエ”が元ネタ」という話題があちこちで紹介されている。その“アリ・ボンバイエ”に対するアリ自身の想いも、本作を通して知ることができる。その1点だけでも注目に値する作品といえる。

『ALI/アリ』



10日に行われたモハメド・アリの葬儀で棺の付添い人を務めたハリウッド俳優ウィル・スミス。彼が主演を務めたアリの伝記映画が『ALI/アリ』だ。今回のアリ訃報を受け、全米200スクリーン前後の規模で再公開されることが先日発表された。

物語は1964年、22歳のアリが初の世界タイトルマッチを迎えた日から、1974年、32歳で迎えた“キンシャサの奇跡”までの10年間。映画冒頭から、おなじみの名台詞「蝶のように舞い、蜂のように刺す」が登場する。

役作りのため、20キロ増量して撮影に臨んだというウィル・スミス。インタビューで「アリに成りきるには、自分自身がボクサーに成りきらなければならない」と語るように、鍛え上げた体で演じるリング内での華麗なフットワークや試合シーンも見応えがある。

だが、この作品で真に注目すべきは「リング外」での戦いだ。

黒人差別との戦いとイスラム改宗。
ベトナム戦争徴兵拒否から始まるヘビー級王座の権利剥奪。
そして、権利復活を巡っての連邦政府との裁判。
───アリの“社会的評価”を高めた要因を、今作を通して端的に知ることができる。

奇しくもこの映画が公開されたのは、「対イスラム戦争」「右傾化するアメリカ」というキーワードが叫ばれていた2001年の「9・11」直後。偶然であるにせよ、時代が求めた映画、といえるのかもしれない。

もちろん、アリをアリ足らしめた暴言の数々、金銭問題、女性問題についても赤裸裸に描かれている。
「(映画作りで腐心したのは)アリを偶像のように美化しすぎないことだった」
「彼の偉業を誉め称えるだけでは、逆に彼の成功を否定することになるんだ」
とは監督であるマイケル・マンの言葉。

ボクサー・アリとしての生き様はもちろんのこと、信仰、女性、金銭の間で揺れる“人間・アリ”を描き出した作品といえる。

『フェイシング・アリ』



純粋に「ボクサー・アリ」の評価、偉大さを知りたいのであれば『フェイシング・アリ』をオススメしたい。

登場するのはジョージ・フォアマンやジョー・フレイジャーといった伝説の世界王者ら、アリとリングで交錯した10人の男たち。ナレーションは一切なし。ライバルたちの証言を元に「稀代の世界王者モハメド・アリ」の姿を浮き彫りにしていくドキュメンタリー映画だ。

一流アスリートほど、競技内容に関する記憶力はずば抜けているもの。この映画におけるボクサーたちの記憶ぶりがまさにそうだ。「あのとき、俺はこうパンチを出した」「でも、アリはこう応戦してきた」といった言葉が、実際の試合映像とシンクロすることで、極上のボクシング体験を味わうことができる。

1971年、アリとフルラウンドに及ぶ壮絶な打ち合いを制したのがジョー・フレイジャー。彼は“Fight of the Century”と称された伝説の一戦について、「1 時間半だけだが、あの試合は戦争を止めた」と懐かしむ。

1974年、“絶対有利”と言われながら敗れ、“キンシャサの奇跡”の引き立て役となったのがジョージ・フォアマンだ。
「アリは別の何かを得たんだ。徴兵問題が起きたときにね。そして自分を信じてアフリカに渡った。金や王座のほかに戦うものを見つけたんだ。そんな人間に勝つのは難しい」
そう敗因を語るフォアマンの、敗者とは思えない笑顔がなんともたまらない。

先に紹介した『ALI』『モハメド・アリ かけがえのない日々』との大きな違いは、“キンシャサの奇跡”以降のアリの戦う姿についても追いかけている点だ。そして、ライバルたちはアリにとっての“本当の引き際”はいつだったか、言葉を重ねる。

徴兵拒否に伴う3年以上に及ぶブランクで、もはや彼はかつての王者アリではなくなった、と残念がる者。
1974年の“キンシャサの奇跡”で終わるべきだったと語る者。
1978年、3度目のヘビー級王座奪回が潮時だったと語る者。
時期の前後はあるにせよ、共通するのは「引退は遅すぎた」という点だ。

現役引退後、アリが戦うことになるパーキンソン病という最大の敵。諸説はあるものの引退時期が遅すぎたことでその症状はより重くなった、と見る向きは少なくない。それでもリングにあがり続けたのはボクサーとしての維持だったのか、それとも金に目がくらんだのか?

ジョー・フレイジャーを始め、この作品が世に出たあとに鬼籍に入った者も多い。ボクシング史を語る上でも貴重な資料となっているのは間違いない。

最後にもうひとつ、本作におけるフォアマンの言葉を引いておきたい。
「人種の枠を超え、彼は世界のヒーローだ」
(オグマナオト)