プレミアムドラマ「奇跡の人」(NHK BS プレミアム/日/よる10時00分〜)
脚本:岡田惠和 演出: 狩山俊輔、田部井稔(AXON)


日曜の夜は目下、大ドラマ祭り。三谷幸喜が描く歴史と笑いがみごとに融合した大河ドラマ「真田丸」(NHKよる8時〜)に、視聴率がいやに高い日曜劇場「99.9─刑事専門弁護士─」(TBSよる9時〜)、宮藤官九郎がゆとり世代を描く「ゆとりですがなにか」( 日本テレビ よる10時30分〜)とどれも目が離せない中で、BSでもヒットメーカー岡田惠和が書く「奇跡の人」がキラリ光っている。
「奇跡の人」といえば、眼が見えない、耳が聞こえない、言葉が話せないという3つのハンデを背負った少女ヘレン・ケラーと、彼女を導くサリバン先生の物語が有名。作者ウィリアム・ギブソンはてっきりSF作家だと思っていたら同姓同名なんだそう。
元は舞台で、日本での上演も多く、大竹しのぶのサリバン先生と中島朋子、寺島しのぶ、菅野美穂、鈴木杏らが演じるヘレン、田畑智子のサリバンと石原さとみのヘレン、鈴木杏のサリバンととと姉ちゃんこと高畑充希のヘレンなど豪華な女優対決が行われてきた(いずれもホリプロ制作)。
無音と闇の中で生きるヘレンに、サリバンが未知なる体験による認識を与える過程での、ヘレンの野生とサリバンの忍耐とのバトルの醍醐味を、今回、岡田は、舞台を現代日本に、サリバンをダメなロックバカのアラフォー(峯田和伸)に、ヘレンをお父さんに逃げられた母子家庭の娘(住田萌乃)に大胆な置き換えを行い、ロックバカが「ヘレン・ケラー」に感化されながら少女と向き合っていく格闘の日々とした。

何もしないでだらだら生きてきて30代も終盤を迎え、鼻毛も白くなってきた亀持一択(峯田和伸)が一目惚れした鶴里花(麻生久美子)には、視覚や聴覚を自由に使えない娘・海(住田萌乃)がいた。
花への恋心は、海への愛情に直結。一択は、母親でも手を焼き、父親・正志(山内圭哉)なんて逃げてしまったくらい世話が大変な海に辛抱強くつきあい、徐々に彼女の可能性を開いていく。
花と海が引っ越してくる、一択の住むアパートには中庭があり、そこで海は土や風に触れていく。一択のギターの振動が海の感性を刺激するのは宮沢賢治の「セロ弾きのゴーシュ」のようだ。
俳優としても活躍しているがロックミュージシャンでもある峯田には、ロックバカの役はぴったり。一択と海とのかかわりによって変化していくアパートの住人たちは皆、善意にあふれたユニークなキャラクターたちばかり、彼らの気の利いた会話の数々、一択が海に世界を教える過程がともすれば服従させることになってしまうことへの警鐘など、上等なドラマだ。だが、それだけだとよくできたヒューマニズムあふれるドラマなだけになってしまいそうなところを「奇跡の人」は「バカ」を使ってかき回していく。
元ネタの「奇跡の人」のサリバンは盲目のハンデを乗り越えた過去をもっていて、ヘレンを理解することが他の人よりもしやすかったと思われるのだが、岡田惠和は、一択と海の共通点として「無知の知」(ようするにいい意味でのバカ)を託している。
一択は、ロックで世界と戦おうと思ってきたが挫折。海は、この世界がどういうものなのか知らない。世界に立ち向かう武器をうまく使えないバカな一択と、世界に立ち向かえる武器にまだ気づけていないまっさらな海。ふたりの行動は時々似ている。
それが顕著だったのが6話。朝の支度をさせようとする花から海は逃げ回る。テーブルの上に乗って、ぐるりとでんぐり返しして向こう側に行くと、すばやくテーブルの下に潜り込む海は優れたアクション俳優のようだ。一方、一択は、テーブルを隔てて話をしている相手に、話に熱中するあまり、テーブルの上に乗り、距離を縮めて相手の顔をのぞきみる。ふつうならそんなふうにテーブルを使わない。花も一択、ふたりの予想を超えた動きはこのドラマを生き生きさせている。ノイズのような一択ががなる歌と海の叫びもどこか似ていて、まるでふたりは強大な世界に向けて雄叫びを挙げているように見える。

海を演じる住田萌乃がすごい。自由自在に暴れ回る。それを追い回し、抱きしめる、峯田と麻生の動きもいい。
常識を知らない者が常識を超えることができる。バカが世界を変えることができるのだとドラマは繰り返し語り続ける。
「奇跡の人」でが「バカ」が実に有効に使われる。最初に花は逃げた正志がバカだったから好きだったことを描いてあるため、花がバカな一択を好きになってもおかしくない。どんなに何も成してないダメ人間でも、そういうバカが好きな女性なのだとナットクできる。むしろ、一択がバカになればなるほど、花の心は、正志から一択へと移っていく。その上、同じ「バカ」でも、ヤンキーなバカとロック好きのバカの違いの定義も鮮やかだった。

ヤンキーバカ正志を演じる山内圭哉もいい。もともと、90年代から中島らものリリパットアーミーに所属し、長塚圭史の公演などにもよく出演し、舞台では人気のある俳優だが、2015年、朝ドラ「あさが来た」の大番頭役で注目された。今回、ヤンキーでバカで、娘から逃げたダメ人間役。長らく行方不明だったが戻って来たと思ったら、花に離婚を切り出す。ところが、一択と海を見ていたら気を変えて一択の恋の障害として立ちはだかる。乱暴者で、性格もへんなのに、なんだか憎めないこの役、山内以外、想像できない。「あさが来た」でブレイクしなかったら、この人がここにキャスティングされていないように思うが、ほかの誰もこの役はできないと思う。山内特有の坊主頭と関西弁の迫力が強烈に利いているのだ。これもひとつの「奇跡の人」だと思う。

他にも「奇跡」があった。この正志と一択の決戦がある7話。一択は、アパートの住人・八袋(光石研)の意外な経歴を生かして助けてもらう。この時、八袋が、アントニオ猪木とモハメド・アリの戦いの話をする。アリはこの回の放送の2日前(6月3日)に亡くなった。なんというタイミングであろうか。
猪木対アリの愚直な戦いを参考にしつつ、一択はついに花と・・・。

こうして最終回(6月10日)は大団円なのか、と思ったら、最終回の予告で、一択がクルマにぶつかって重傷を負っているらしき場面が。連ドラの飛び道具、登場人物の事故で引っ張るなんてことを、このロックなドラマでやりますか! とびっくりした。「奇跡の人」は、プロデューサー河野英裕が、日本テレビからAXONに出向してNHKでドラマを制作するという決断をさせたドラマなのだ。なのになぜ主人公の事故展開というベタなのか。登場人物たちのように善意に解釈すると、7話で、一択が、花から告白されたら逃げてしまうのを見て、結婚できるほど自分に何もないからハードルを設けたい説(アパートの住人で福祉問題に詳しい福地正〈浅香航大〉)と、結婚したら自由がなくなるから逃げ腰説(アパートの住人で画家・佳代〈中村ゆりか〉)があがった時、大家さん(都倉風子〈宮本信子〉)が、「人はそんなにかっこよくも最低でもない。ほとんどの人はその間を生きてるの」と含蓄あることを言うので、この展開もこの台詞を体現しているってことだろうか。
というわけで、どうやってまとめる、最終回!
(木俣冬)