『フランス人がときめいた日本の美術館』ソフィー リチャード 集英社インターナショナル

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 日本にある博物館、美術館の数は、いまや5700館以上。特にここ30年間の増加数は著しく、全国各地に個人コレクターや企業などがつくった多種多様な博物館、美術館が存在します。

 しかし、その魅力を海外に発信する力がまだ弱いのも事実。日本を訪れた外国人観光客にとって、どこにどのような美術館があるのかといった情報を収集することは容易ではなく、またいざ訪れても、英語で書かれた展示品にまつわる資料も充実しているとは言い難い現状があります。

 フランス人の美術史家であり、日本美術をこよなく愛するというソフィー・リチャードさんは、こうした状況を受け、英語版の日本の美術館ガイド『THE ART LOVER'S GUIDE TO JAPANESE MUSEUMS』を執筆することに。
 
 10年という歳月をかけ、自ら足を運んだ膨大な数の美術館の中から、厳選した60館あまりを詳しい解説と共に紹介。伝統美術から現代アート、写真から民藝といった、あらゆるジャンルが網羅された一冊とあって、海外で高い評価を得ました。

 そして今回、その日本語版『フランス人がときめいた日本の美術館』が刊行されたことを受け、BOOKSTANDでは著者であるソフィー・リチャードさんにお話を伺いました。

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----フランスで生まれ育ったということですが、そもそもなぜ日本文化に興味を持たれたのでしょうか。

井上靖や川端康成の小説、熊井啓や黒澤明の映画などを通して、日本の美意識、そこに描かれている世界観に興味を持ちました。特に14歳ごろに観た、映画『千利休 本覺坊遺文』はとても興味深いものでした。欧米の映画作品であるならば、建築物や登場人物たちの服装などによって、おおよその時代背景の察しはつくのに、この映画はいったいいつの時代のものなのか、まったく想像がつかなかったのです。そのことがより一層私の好奇心を駆り立てました。

----フランスでそのような「日本文化」に触れることは容易だったのですか?

そうですね。幸い私が育ったフランスでは、図書館に行けば日本に関する写真集などを閲覧することができましたし、文学作品もフランス語に翻訳されているものがありました。もちろん文学作品に関しては、言語という壁があるため、触れることのできる作品数は少ないですけれど。

----写真集や映画、文学作品などで慣れ親しんだ日本の文化。そのイメージのまま実際に初めて日本に訪れた際、イメージと現実にギャップはありましたか?

いえいえ、むしろギャップがなかったことが嬉しい驚きでした。実際に訪れてみると、思い描いていた日本像と現実とがかけ離れていて、がっかりするのではないかと危惧していたのですが。イメージを裏切ることのない素晴しい日本の姿がそこにはありました。たとえば「旧朝倉家住宅」とか......。

----東京・代官山にある「旧朝倉家住宅」ですね。大正8年に建てられた趣のある建物です。

ええ。それは偶然の出合いでした。代官山を散策しているとき、木が茂っているところがあったので、気になって近寄ってみると、家屋が静かに佇んでいたのです。その家屋が一般に公開されていることを知った私は、足を踏み入れてみました。畳に座り、独り静かに庭を眺め、漂ってくる檜の香りに浸っていると、今まさに私は、フランスで幼少期から読んできた、日本の小説の世界の中にいるように感じました。そして思ったのです。西洋の人たちはこうした経験をあまり知らないのではないかと。これほど素晴しい場所があることを知らないのではないのかと。

----そこで、そうした経験を伝えるために、本をつくろうと思われたのですね。

はい。「旧朝倉家住宅」をはじめ、日本にはさまざまな種類の、質の良い美術館がたくさんあります。しかし、そのこと自体、外国人にはあまり知られていません。あるいは訪れようと思っても、あまりの数の多さから、どこを訪れたらいいのか困惑してしまうといった状況もあります。

----日本の美術館に関する英語での情報はやはり少ないですか?

それぞれの美術館によって程度の差こそあるものの、(トータルで見ると)十分とは言い難いです。WEBサイトが日本語だけのところもありますし、部分的にしか翻訳されていないところもあります。作品に関する情報も、必要最小限のものであることが多いように感じます。

----本書には、全国各地に及ぶ、実にさまざまなジャンルの美術館に関する情報が収録されています。選ばれる際、何か基準はあったのでしょうか。

まずは収蔵品を持っている美術館であることが前提です。そして、全体的なバランスを考慮しました。収蔵品の質や展示方法はもちろん、美術館というのは全体的な体験が重要なので、美術館の建物自体にも目を配りました。本書に掲載した美術館は、実際に私自身足を運び、館長やキュレーターの方にお話しを伺ったうえで判断した、どれも自信を持ってオススメできるものです。

----世界中の美術館を巡っておられるソフィーさんの目から見て、世界的にも日本の美術館の長所だといえるのは、どのような点だと思われますか?

何より美術館のバリエーションが豊富なことです。伝統的な美術館から現代アートの美術館まで、あらゆるテイストの美術館が存在し、それぞれの美術館が独自性を持っています。そして展示方法も実に繊細で素晴しいと常日頃から感じています。

----逆に短所はあるでしょうか。

短所よりも遥かに長所が多いので......強いて言うならば、ひとつの展示が終わって次の展示がはじまるまでの閉館期間が長いことでしょうか。その期間、作品を鑑賞することができないというのは、もったいない気もします。

----今回、日本語版が刊行されたわけですが、外国人観光客のみならず、日本人にとっても発見の多い一冊なのではないかと思います。

国内外問わず、数多ある日本の美術館のどこから訪れたらよいのか迷っている方にとって、本書がその手助けとなれれば幸いです。

【プロフィール】
ソフィー・リチャード
Sophie Richard
美術史家。フランス・プロヴァンス生まれ。
エコール・ド・ルーヴルを経てパリ大学ソルボンヌ校で美術史を学び、修士号を取得。
パリ、ニューヨークの名門ギャラリーで働いたあとロンドンに移り、フリーランスの美術史家、翻訳者(仏語・英語)としてギャラリーや美術館の展覧会をはじめ、さまざまな企画に関わる。また何度も来日し、美術誌に日本美術に関する記事を執筆したり、美術館ツアーでガイドを務めるなど、日本美術の魅力を欧米諸国へ発信。その活動が日本でも評価され、2015年度「文化庁長官表彰 文化発信部門」を受賞。