8日、日本の華字メディアは北海道で7歳の男児が両親に「しつけ」として置き去りにされた事件の背景には3つの主義があるとする記事を掲載した。資料写真。

写真拡大

2016年6月8日、日本の華字メディアは北海道で7歳の男児が両親に「しつけ」として置き去りにされた事件の背景には3つの主義があるとする記事を掲載した。

日本新華僑報は、北海道の山林で7歳の田野岡大和くんが置き去りにされ、6日後に奇跡的に生還した事件を受け、日本のしつけについて論じている。

記事はまず、「1997年に酒鬼薔薇事件が起きて以降、日本社会の家庭教育における役割が見直され続けてきたものの、暴力や虐待などは依然として繰り返されており、社会問題の一つとなっている」と指摘。今回の事件については、両親の責任というよりも、さまざまな「主義」を好む日本式の家庭教育観念と習慣こそが元凶だとしている。

1つは孤立主義。日本では集団主義を重んじ、集団から脱することに抵抗と恐怖を感じる。日本の地方の村では「村八分」が罪人への罰として行われてきたが、こうした「孤立」が日本人の懲罰教育の主要な構成要素になっていると記事は指摘する。

2つ目は完璧主義。「完璧さ」は長年、日本の家庭教育文化の中に存在しており、「完璧な両親」「完璧な子ども」の概念が戦後の日本社会に広く根を張っていたが、社会が多元化するに連れて矛盾をはらみ、プレッシャーによって親や子どもが極端な道に走るようになったとしている。

3つ目は個人主義。記事は、近年の日本の家庭教育の特徴として、親がわがままであることを挙げる。「個人の感情を過度に重んじる傾向が鮮明となり、もともとは『すべて子どものため』という家庭教育が、暴力や虐待、ひいては犯罪に変わり、若い世代の親を中心に子どもの気持ちに注意することが少なくなっている」とし、「寒々とした山林に食べ物もなく、連絡方法もない状態で置き去りにするという“わがまま”は単なる罰を超え、親の個人主義である」と指摘している。

記事は最後に、「日本は明治維新後、経済や文化など多くの領域で発展してきたが、家庭教育は新たな社会の課題となっている。日本式の家庭教育の是非は、他国にとっての警告にもなっている」としている。(翻訳・編集/北田)