ゲームが「ハミルトンの弟」をプロレーサーに。強いモチベーションで脳性麻痺を克服。『PROJECT CARS』も監修

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生まれるのが予定より2か月早かったニコラス・ハミルトンはすぐに脳性麻痺と診断され、医師はニコラスが生涯、自分の脚で歩くことはできないだろうと家族に告げました。

ニコラスは11歳になるまでに車いすでの生活を送りはじめます。しかし、彼はそのときすでにモータスポーツに触れ、親しんでいました。彼と家族は毎週のようにカートコースへ通い、異母兄のルイスを応援していました。いつしか、ニコラスもレーシングカードライバーになりたいという夢を持ち、足を動かせるようになるためにトレーニングを積むようになります。しかし、そんな折に出会ったオンラインレースゲームが、彼の運命を大きく前進させます。

ニコラスはレーシングドライバーとしてF1世界王者への道を駆け上る兄の背中を見ながら、自身はオンラインレーシングでその腕とセンスを鍛えました。実際、レーシングゲームにおいては、ニコラスはルイスに引けを取るどころか勝ち越すほどの実力を発揮。ただニコラスはその当時、自身が「レーシングドライバーになろうとは微塵も思わなかった」としています。

ある日、いつもどおり兄とのバーチャルなレースに勝ったニコラスに、ルイスはこう言いました。「お前はオンラインだとこんなに速いじゃないか。なぜ現実でもそれを目指そうとしないんだ?」

この言葉にニコラスは「大きなショックを受けた」と語ります。それまでステアリングコントローラーのボタンを使ってバーチャルなマシンを走らせるだけだったニコラスにとって、実車を運転しようなどという発想はありませんでした。

ニコラスはしばらくして、父アンソニーとともに近所の小さなサーキットへでかけ、車を運転してみました。最初は「少し楽しめればいい」と思うだけでしたが、いざラップタイム計測をしてみると、ついつい本気になってしまい、最終的にはラップレコードを更新、そこにいた全員を驚かせてしまいます。

その後何度かサーキットへと足を運んだニコラスは自信を深め、ジムに通って脚を動かせるようトレーニングを積み重ねました。その傍らで、レーシングライセンスのテストもクリア。脚の不自由を理由にライセンス発行を渋るモータースポーツ協会を説き伏せて、なんとかレーサーとしての資格を手にしました。

さらにニコラスは周囲のサポートもあり、ルノー・クリオカップへの参戦契約を獲得。このとき、彼はあえてステアリングコントロールに改造するのではなく"普通のレーシングカー"で参戦する道を選びました。ただ、彼の足ではクラッチ操作が難しいと判明したため、これはステアリング裏にパドルとして装備されました。ニコラスはデビュー戦前に「この間兄とおなじ車で走って1秒しか違わなかった。F1チャンピオンの兄から1秒落ちなら悪くないよね。でもコースアウトしたとき、ゲームのようにパッとコースへ戻れないのは不便だね」と話していました。

2011年4月2日、ニコラスはデビュー戦を迎えました。ブランズハッチ・サーキットにはF1マレーシアGPから1万kmを飛び越えて兄も駆けつけ、彼を応援しました。ルイスは「ニコラスがレースデビューするなんて凄いことだし、絶対に見逃すわけには行かなかった。本当に誇りに思うよ」とコメントを残しています。この日、ニコラスはトップから26秒後にチェッカーをくぐり抜けました。

ニコラスは2年をクリオカップで過ごした後、ヨーロピアンツーリングカーカップ(ETCC)に参戦、さらに最近は英国ツーリングカー選手権(BTCC)に参加する初の障害者ドライバーとしても話題になっています。

身体的な限界を乗り越え、車椅子からレーシングカーに乗り換えたニコラスは、数多くの人々に刺激と希望を与えました。そして、彼は2012年からSlightly Mad Studiosが製作するレースゲーム「PROJECT CARS」シリーズにアドバイザーとして加わり、マシンの操作性から挙動の調整、コースの景観に至るまで、監修作業に携わっています。

ちなみに、下は6月9日に国内発売の『PROJECT CARS Perfect Edition(海外名Game of the Day Edition)』の紹介動画。ただ、ニコラス・ハミルトン監修という以前にナレーションが強すぎて、記事内容が吹っ飛んでしまうのではと、非常に心配です。