6日、複数の韓国メディアが、事故や事件が相次ぐ韓国で「追悼が日常化している」問題について報じた。写真はソウル。

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2016年6月6日、韓国・世界日報は、韓国・ソウル地下鉄で修理作業中に命を落とした19歳の若者に、市民が残したある追悼メッセージを紹介した。現場となった地下鉄ホームに貼られた無数の付箋の1枚には、「追悼が日常になってしまった国の大人として申し訳ない」とある。

1人の「大人」が記した通り、韓国社会はいつからか追悼風景がまるで日常化している。5月28日に起こったこのソウル地下鉄の作業員死亡事故以降、現場を訪れる市民の足は途絶えることなく、自発的に「沈黙デモ」を行う人たちもいた。また、5月17日にソウル・江南で20代の女性が男に惨殺された事件の後には、最寄りの地下鉄江南駅の出口付近に1000枚を超える追悼メッセージが貼られた。

やはりこうした現象について取り上げた京郷新聞は、「急速な近代化を経た韓国社会は、つらい惨事を絶えず経験してきた」とし、1994年の聖水大橋(ソウル・漢江に架かる橋)の崩壊、95年の三豊百貨店(ソウルにあったデパート)の崩壊、2003年の大邱の地下鉄火災などを例に挙げた。しかし、14年のセウォル号沈没事故をきっかけに、追悼の様相は以前と大きく変わった。追悼の主体が国から市民に変わったのだ。専門家は「希望が消えた社会において、市民同士の哀れみや、自分と同じ人が至る所にいると知ることが慰めになる」ためにこうした変化が起きていると指摘した。

一方で、追悼による疲労感がぬぐえないのも事実だ。ショッキングな事件・事故の後、追悼の盛り上がりにより社会問題が注目されても、実際の社会変化がみられないためだ。専門家は「問題を社会的次元で解決すべきなのに政治が作動せず、人々は疲れ切って挫折するしかない」状況だと指摘した。

こうした指摘に、韓国のネットユーザーは次のようなコメントを寄せている。

「朴槿恵(パク・クネ)大統領からは事件や事故について一言もないね」
「死を覚悟して正していこう」
「セウォル号から追悼が日常になってしまったね。本当に大人が恥ずべき国だ」
「恥を知らない大人が国をこんなふうにした」

「これもみんな邪悪な独裁者、朴大統領のせいだ」
「明日もあさっても、これ以上追悼すべきことが起こらなければいいけど…」
「大人は謝っているだけじゃ足りない。現状を打開する対策が必要だ」
「幸せな先進国民になるためには、まず守旧集団をクビにせねばならない」

「追悼が日常化した国なんて他にないだろう」
「自分の利益のためには声を上げるけど、自分たちのためにはいいかげんにしか考えないからだと思う。申し訳ない」
「つまらないことまで取り上げて追悼するからいけない。例えば自殺した人とかね」(翻訳・編集/吉金)