小さなスケーターたちを見守る。ステージママなわたし【根本きこの島ごはん】

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子どもたちがスケートボードをするようになってからというもの、休みのたびにあっちのパークへ、こっちのボウルへと出かけている。
パークとは、ランページという傾斜のある曲線の坂があったり、段差や手すりなど、スケーターたちの滑りたい衝動をかきたたせる障害物がある。と、こう説明すると堅苦しいけれど、10歳の息子的に言えば「やばい。ランプ(ランページ)でリップ、超角度あるし。オーリーでベンチ飛びたい」とか、よくわからん用語がぽんぽん出てくる。わたしは完全ステージママ。滑る息子&娘の姿をわけ知り顔で見守ることしかできない。

まず、「アスファルトで転ぶ」という前提あっての遊び。度胸ないとムリ、である。息子は青あざをたくさん作りながら、果敢にバッコンバッコンとデッキ(スケボーの板)を地面に叩きつけながらその場で空中ジャンプの練習をしている。それでもやはり拭いきれない「怖い気持ち」があるようで、それをなくすにはとにかく練習しかない!とよく言っている。

そんなスケボー専用パークから、滑るフィールドを「街」に移すと、ほとんどの場所では「危ないから」となにかと厄介者呼ばわり。スケーター=不良(ワル)というイメージのベースにあるのは、怒ったおじさんに追いかけられながら、それをシャーっとかわして逃げるスケーターたちの姿。
しかしスケボーとは、アスファルトというコンクリートジャングルの象徴を、「滑る」という行為で自分のフィールドに(遊びとして)取り込んでしまうところに魅力がある。無機質な人工物がスケボー目線ではそそられるトラップに変わる。その変容が実に面白いなぁと思う。

そんなボーイズたちのチャレンジの合間、ワンピース姿でシャーシャーとマイペースにその辺を流す娘の姿が。危なっかしい技には興味のかけらもないようだ。
今月、子どもたちにとって二度目のスケボー大会が宜野湾で開催される。前回はあまりのスキルの差に呆然となっていたので、今回は練習をたくさん重ねてのリベンジ。さて、お弁当持って応援行かなきゃ。
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