バルセロナ郊外のバルセロナ・カタルーニャ・サーキットで行なわれた第7戦・カタルーニャGPの決勝レースで表彰台に登壇した3選手は、全員がレザースーツの上に黒いTシャツを着用していた。そして、その胸には、「ALWAYS IN OUR HEARTS(君のことを忘れない)」という文字と、39の番号が記されていた。この「39」は、Moto2クラスで戦うスペイン出身の24歳、ルイス・サロム選手が使用していたバイクナンバーだ。

 金曜日午後、Moto2クラスのセッション中に発生した不慮の転倒により、帰らぬ人となったルイス・サロム選手へ贈る追悼の意は、優勝を飾ったバレンティーノ・ロッシ(モビスター・ヤマハ MotoGP)、最後まで激しいバトルを繰り広げて2位のチェッカーフラッグを受けたマルク・マルケス(レプソル・ホンダ・チーム)、そして3位に入ったダニ・ペドロサ(レプソル・ホンダ・チーム)の3名が表彰台で示したように、その週末をともに過ごした全クラスのライダーやチームスタッフ、パドック関係者、会場に詰めかけたファン、そして二輪ロードレースを愛するすべての人々に共通する思いだった。

 アクシデントは、金曜15時30分ごろ、Moto2クラスのフリー走行2回目のさなかに発生した。左コーナーを切り返して、登り勾配から右・右と続き、最終区間に向かう12コーナーで、サロム選手が転倒。コーナー形状の特性上、通常の転倒ならばエスケープゾーンの広い右方向へ流れていくところを、マシンはそのまま直進する格好になって、待避エリアの狭い場所に設置されたエアフェンスに猛スピードで激突。その軌跡を追うように滑走していたライダーに跳ね返ってきたマシンが衝突し、セッションは即座に赤旗が提示されて中断した。

 コース上で救急処置を受けたサロム選手は、バルセロナの病院へ搬送された。だが、医療チームの迅速で最大限の対応もむなしく、16時55分に死亡が確認された。

 この出来事の直後には以後のスケジュールキャンセルも検討されたが、故人の遺族がレース継続を希望したこともあって、土曜以降も第7戦のセッションが続行されることになった。また、セッション再開にあたり、安全上の配慮から当該区間の速度を落とすために、土曜以降のコースレイアウトはF1で使用されるものへと変更になった。

 とはいえ、昨日までともに過ごしていた仲間の突然の逝去に、パドック全体は重苦しい雰囲気に包まれた。しかも、マヨルカ島出身のサロム選手は、今回のレースが母国開催のホームグランプリでもあっただけに、チーム関係者やライダー仲間、友人たちにとって、そのつらさはなおさら受け入れがたいものになった。

 走行が再開した土曜日の午前から、Moto3、Moto2、MotoGPの各チームは、陣営やカテゴリーの垣根を越えて、サロム選手を偲ぶステッカーを貼って走行した。

 土曜の予選を終えてフロントロー2番グリッドを獲得した、同じマヨルカ島出身のホルヘ・ロレンソ(モビスター・ヤマハ MotoGP)は、「第7戦のもっとも大きな出来事は、昨日、ルイスに起こってしまった事故。それ以外のことなど、すべて二の次にすぎない」と話した。

 日曜の10時15分には、パドック関係者全員がスタートラインに集合し、1分間の黙祷が捧げられた。Moto3時代からMoto2時代に好敵手だったマーベリック・ビニャーレス(チーム・スズキ・エクスター)は、「あまりに込み上げてくるものがあって、涙を堪(こら)えるのが難しかった」と語った。

 Moto3の決勝レースでは、同じスペイン出身のホルヘ・ナバロが優勝。Moto2クラスは、サロム選手と何度も激しい優勝争いを繰り広げてきたヨハン・ザルコが優勝した。表彰台に登壇した全員が故人を追悼するTシャツをまとって天を仰ぎ、それぞれの思いを捧げた。

 MotoGPクラスの決勝レースは、14時にスタートした。

 バレンティーノ・ロッシとマルク・マルケスの一騎打ちとなった優勝争いは、ロッシの背後にマルケスがピタリとつける緊迫した展開が続いた。この両選手は、昨年に何度か物議を醸すバトルの挙げ句、第17戦で苦い遺恨を残すマルケスの転倒劇へと発展し、兄弟のようだった関係に修復不可能な深い亀裂が入った。その両名が、サロム選手を喪ったバルセロナ・カタルーニャ・サーキットでふたたび、二輪ロードレースの醍醐味を凝縮したような激しいバトルを繰り広げ、最後はロッシが優勝。マルケスは2位でチェッカーフラッグを受けた。

 レースを終えてマシンが戻ってきたパルクフェルメでは、それまで目も合わせようとすらしなかったふたりが互いの健闘を称えて握手を交わし、笑顔も見せた。

 表彰式後にマルケスは、「MotoGPにとってつらい週末になったけれども、MotoGPファミリーとして皆が結束できたレースウィークでもあった。決勝グリッドについて、皆がルイスのために走り、ルイスにレースを捧げ、ライダー全員がルイスのことを思いながら走った」と、この週末を振り返った。そして、優勝を飾ったロッシは、「あんな出来事があったあとでは、他のことは些末に思える。だから、そう(関係を修復)するのが相応しい時期だと思ったんだ」と述べた。

 ひとりの若い選手の命が失われたあまりにいたましい事故が、こじれにこじれて改善不可能と思われた選手たちの関係を修復へと導いたのであれば、以て瞑すべし、というべきではあるかもしれない。とはいえ、「こんなことは、もう誰の身にも絶対に起こってほしくない」(ビニャーレス)という思いこそは、パドックですごす全員の共通した願いではある。

西村章●取材・文 text by Nishimura Akira