先週書いた記事「『重版出来!』が『期待外れだった』と言われてしまう理由を考えてみた」が異様に大きな反響をいただいたのだが、毎週褒めているときはノーリアクションなのに、ネガティブな記事にはすごく反応されてちょっと複雑な気分。


さて、『重版出来!』先週放送の第8話を振り返ってみよう。和田編集長(松重豊)をメインに据えてはいるが、今回はいつにも増して群像劇らしく、原作にある小さなエピソードを幾重にも積み重ねて紡ぎ上げられている。中心を貫いているのは「本」への賛歌だ。

第8話を腑分けしてみると以下のようになる。
・消えたマンガ家・牛露田獏とその娘のエピソード
・消えゆく街の小さな書店・キタノ書店のエピソード
・連載を目指す新人マンガ家・中田伯のエピソード

さらに、ネットでの批判を見て落ち込むマンガ家、少女マンガに人生を救われた書店員、書店でつば競り合いを続ける営業部員などが絡んでいく。それぞれのエピソードをつないでいくのが、主人公の黒沢心(黒木華)と出版不況に頭を悩ませる和田編集長というわけだ。
原作ではそれぞれ独立したエピソードを寄木細工のように組み合わせ、それでいてエモーショナルに仕上げる脚本家・野木亜紀子の手腕は見事の一言。

藤子不二雄A先生のマンガは時を超える


天才ギャグマンガ家・牛露田獏(康すおん)は大ヒットの後、身を持ち崩して侘しい暮らしを送っていた。一人娘のアユ(蒔田彩珠、『ゴーイング・マイホーム』で阿部寛の娘役をやっていた子)は母(赤江珠緒)を亡くし、酒に溺れて働きもしない父に愛想をつかしている。

牛露田のように大ヒットを飛ばしても、その後、次の作品が描けずに姿を消してしまうマンガ家は大勢いる。そのあたりの事情は、大泉実成による傑作ノンフィクション、その名も『消えたマンガ家』に詳しい。この本で取り上げられている鴨川つばめの『マカロニほうれん荘』は、和田編集長を演じた松重豊のフェイバリットマンガでもある。

電子書籍の契約のため、牛露田のもとへ繰り返し足を運ぶ和田は、居留守を使う牛露田に向かってドア越しに叫ぶ。

「出版不況やら何やら、先生が現役の頃とはまるで違います。
どんどんどんどん変わっていって、どうすりゃいいのかわからんことだらけです!
でも、あの頃になんか戻れないし、今ここで、私ら生きていかなきゃならんでしょう!
私にも中学生の娘がいます。生意気で、どうしようもない娘ですが、
私ら大人は、子どもの前でカッコつけなきゃならんでしょう!
我々マンガ屋は、夢を売っているんですから!」

胸を打つセリフだが、和田のこの言葉が単に「親として子の前でしっかりしろ」と言っているだけではなく、「電子書籍に契約しましょう」という説得も兼ねているところが面白い。

古いコミックは大ヒット作でも、重版されることなく消えていくことが多い。巻数が多いと売り場のスペースを取ってしまうからだ。そこでスペースを取らない電子書籍の出番となる。売れれば印税が手に入るし、忘れられた作品が注目を集めるきっかけにもなる。

数年前までは(アダルトコミックを除いて)電子書籍の売上は微々たるものでしかなく、参入に消極的な出版が多かったが、ユーザーにとっても利便性の高い電子書籍は近年見直されつつある。先日も『ブラックジャックによろしく』の作者・佐藤秀峰が自ら販売を手がける電子コミックでわずか1ヶ月の間に3億円を売り上げ、1億円以上の印税を手にしたというニュースが流れたばかりだ。

和田の「今ここで、私ら生きていかなきゃならんでしょう!」という叫びは、子を持つ親としてものであり、夢を売るマンガ屋としてのものでもあり、そして数字とともに生きる出版業界の一員としてのものでもあるのだ。

ちなみに牛露田の大ヒット作『タイムマシンにお願い』の作画を担当しているのは、あの藤子不二雄A大先生! テレビ越しにチラッと見えた作風はまさに『怪物くん』や『忍者ハットリくん』を描いていた頃のまんまなのだが、アユの年齢設定の関係か、大ヒットしたのが2000年前後だったというのがちょっと可笑しい。A先生は永遠だ。まさに『タイムマシンにお願い』なのである。

どこまでも飛んでいきたければ本を読みなさい


ストーリー的には前後するが、もう一つ印象に残ったのは、オリオン書房のコミック担当・河さん(濱田マリ)のエピソードだ。

人気作家・山縣留羽の新作『音の作法』を熱心に売ろうとする河さん(なんだかさん付けにしないと収まりが悪い)。河さんは山縣留羽に恩があった。

幼い頃から本ばかり読んでいた河さんは、中学生になってもアイドルより仏像好き、花柄よりボーダーが好き、恋の話より本の話が大好きで、ちっともクラスに馴染むことができなかった。自分はこのままでいいのだろうか? と漠然とした不安を抱えていた中学生の河さんに生きる勇気を与えたのが、やまがたるう(当時)の『100万オトメバイブル』だったのだ。以下は『100万オトメバイブル』からの抜粋である。

「ママがね、いつも言ってたの
本をたくさん読みなさいって
私たちはみんな羽をもっていて 立派な羽に育てたかったら
本をたくさん読みなさいって
本の形って鳥の形でしょう?
読めば読むだけ 強くてしなやかな羽になるのよ
どこまでも飛んでゆけるの」

……採録しているだけでグッと来る。このくだりは「デジタルバイブス」で読むことが可能。なお、作画はいくえみ綾が担当している。

心がこの話をしている最中、『100万オトメバイブル』を、過酷な家庭環境と生活保護をもらっているというだけの理由で苛烈ないじめに遭い、マンガに一切興味を持たなかったアユが夢中で読んでいるシーンがインサートされるのだが、これがまた泣ける。ああ、筆者も幼い娘を持つ身だが、娘に『100万オトメバイブル』を買い与えたい……。

マンガも本も、時を越えて多くの人に読み継がれていく。ときには生きる勇気だって与えることがある。だから創作者たちは命を削ってでも物語を紡ぎ、言葉を刻むのだ。そしてそれを売る人がいて、残そうとする人がいる。

『100万オトメバイブル』の中で語られている言葉は、第5話に登場した興都館社長・久慈勝の言葉「本が私を人間にしてくれた」とも対応している。

『重版出来!』を見てグッと来る人たちは、きっと河さんと同じような子ども時代を過ごした人が多いんだろうなぁ、と想像する。それは高視聴率にはつながらない数かもしれないけれど、一昔前に比べると少数派と言えるほどの数でもないのだと思う。

だいたいこれまでの業界ドラマは、業界を舞台にしながら主人公同士の恋愛やら何やらを描いて、一般化・大衆化を図ってきた。一方、この『重版出来!』は出版業界そのもの、あるいは出版業界で生きる人たちの哲学そのものを描こうとしている。恋の話より本の話が好きだった河さんのような人をターゲットにして、恋の話より本の話をしているのだ。

視聴者は「期待外れだった」と思う人たちがいる一方、高い満足度を示す人たちも少なくはない(マイナビニュースによる「2016年春ドラマのおすすめ作品」アンケートで4位)。人気作を多数手がけている脚本家の野木も「正直、今までにない反響の大きさで驚くほど」とツイートしている。

視聴率がけっして高いわけでもなく、『あまちゃん』のように国民的な話題にもなってはいないこのドラマを、テレビ局のエラい人たちがどうジャッジするかで今後のドラマの流れがほんの少し変わっていくのかもしれない。

本日放送の第9話は、人気作家の高畑一寸(滝藤賢一)をめぐって、五百旗頭(オダギリジョー)とライバル誌『エンペラー』編集長・見坊我夢(明和電機)が激突! って、明和電機、すごく重要な役じゃん! いよいよ最終回1話前ということで、どんなお話になっていくのか要注目だ。

なお、『重版出来!』の先週放送分は、TBSオンデマンドで配信中(本日21時59分まで)。
(大山くまお)