ランニングは「裸足」が一番!?(shutterstock.com)

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 走りを楽しみながら、一石二鳥で脳の機能も高めたい――。

 そんな効率派のランナーは、いっそランニングシューズを脱ぎ捨てて、可能なかぎり「裸足」で走ったほうが望みを達せられるかもしれない。

 そんな「裸足の効用」を裏づける研究報告が、『Perceptual and Motor Skills』(2016年4月号)に掲載された。同研究は米国・ノースフロリダ大学(UNF)心理学部のRoss Alloway氏らが実施。

 18〜44歳のボランティア72人の協力を得て、各自のペースで約16分間を「裸足」と「靴着用」の両仕様でランニング実験をしてもらった。

 その際、いずれも屋外での走りをシミュレートする目的から、被験者には平らな部分を踏みながら走るように指示したという。これは人間が裸足で走る場合、自分の足を傷つけかねない物体や道路状況に注意を払い、足の置き場を反射的に考慮するためだろう。

 実験の結果、靴を履いて走った場合とは違った興味深いデータが得られた。裸足で走った後は作業記憶(working memory)、つまり情報を想起したり処理する能力の向上が約16%アップと顕著に読み取れたが、靴を履いてのランニング後は同じ効果が得られなかったそうだ。

楽しんで走りつつ潜在的な認知力を高める

 この違いの分岐はどこにあるのか。研究者たちの見解では、「裸足走行」のほうが精神的な強さが求められ、自ずから作業記憶を利用しなければならない相違点がある。その差が効果の違いを説明できる可能性を秘めているのではないかとしている。

 Alloway氏はこう語る。

 「些細なことが最大の影響や効果を及ぼすことはよくあります。今回の研究でも、楽しんで走りつつ自分の潜在的な認知力を高められるということが示唆されたと思います」。

 共著者の1人も「今日、作業記憶は認知スキルだという認識が高まりつつあります。今回の結果は楽しんで作業記憶を高める方法を探している方々には朗報でしょう」と補足する。
運動靴は「退化促進」の履物か?

 似て非なる先行報告としては、2010年1月の『Nature』誌に掲載された「走るには素足がいいか、靴を履くべきか?(Foot strike patterns and collision forces in habitually barefoot versus shod runners)」がある。

 こちらは自らも熱心なランナーであるハーバード大学の人類進化学者、ダニエル・リーバーマン博士が、アメリカとケニアから200人の協力者を得て研究を行なったもの。実験は成長と靴をめぐる習慣性の相違から、\戸茲料蚤派、∩蚤から靴への転身派、生来の靴派、の3組に分けられて実施した。

 この研究でも3組全員に「裸足」と「靴着用」の両方で走ってもらい、そのフォームや全身への衝撃の度合いなどが計測された。

 結果、靴を履くとすべての組で「踵から着地する」傾向が読み取れた。一方、裸足走行では「親指の付け根の母指球」か「足の裏全体で着地する」傾向が顕著だったという。

 そして双方の着地の違いは、身体への衝撃度の相違として如実に現われた。具体的には裸足時が全体重の0.5〜0.7倍なのに対して、靴着用時は同1.5〜2倍の力が加わることが判明した。

 実際、クッション性の高い靴に慣れた現代人は、足の筋肉や機能が退化しているといわれる。加えて、硬い路面でのランニングで踵着地をくり返すと筋肉も神経も弱ってしまい、結果、足底筋膜炎やアキレス腱を痛めたりする。

 そんな時代相を背景に「爪先に近い部分での着地」を推奨し、裸足ランニングの普及活動を行っているグループもある。「一般社団法人日本ベアフット・ランニング協会」(東京・渋谷)だ。

 同協会は2010年5月、裸足ランニングの第一人者"裸足王子"こと吉野剛氏と裸足の素晴らしさに共鳴するメンバーによってスタート。裸足に関してはまだまだ未知数な部分もあるが、その可能性を信じ"裸足で"「ケガを防止」「より速く強く」「より楽しいライフスタイルの実現」などをモットーに活動している。

 ここまで読みながら、運動会での白足袋の履き心地や、五輪のマラソン種目で史上初の2大会連続優勝を達成した「素足の哲人」アベベ・ビキラ選手(1932〜1973年)の名前を脳裡に思い浮かべた方は、紛れもなく昭和生まれの世代だろう。

 が、よくよく考えてみれば、ヒトの先祖が2足歩行をはじめてからおよそ200万年が経つ。そのうち運動靴が発明されて以降の歴史は、たかだか100年あまりだ。折々でカラダへの負担軽減を工夫してきた「裸足の歴史」を考えれば、運動靴のほうがもっと「素足」に近づくべきかもしれない。
(文=編集部)