26、27、32、38、38――。

 この数字は、錦織圭が全仏オープン前までに戦った試合数の、今年も含めた過去5年間の推移である。

 2012年は、全豪オープンでベスト8に進出し、ランキングもトップ20入りを果たす好スタートを切った年。だが、その後はケガが重なり、欧州のマスターズ大会を欠場。試合数は「26」にとどまり、全仏オープンも出場を見送っている。

 2014年は、"マイケル・チャン・コーチ元年"だ。それまでは、「どうプレーしたらよいのかわからず、苦手意識しかなかった」というクレーコートでの戦い方を元全仏優勝者に伝授され、バロセロナ・オープン優勝、マドリード・マスターズで準優勝の大躍進。試合数も「32」まで大幅上昇した。ただ、技術や戦術面の急成長に肉体がついていかず、続くローマ・マスターズは欠場。ケガと迷いを抱えて迎えた全仏は、初戦敗退であった。

 このように、過去数年にわたり錦織を悩ませたフィジカル面を改善し、キャリア最高の前半戦を送ったのが、昨年のこと。バルセロナで優勝、マドリードではベスト4、さらにローマでもベスト8の好成績を残し、なおかつ前半戦の大会欠場や棄権はゼロ。その成果を端的に示すのが、「38」の試合数である。

 今季も錦織は、昨年と同じ「38」の試合を重ねて、全仏オープンを迎えていた。棄権や大会欠場もゼロ。しかも、その内訳を見ていけば、昨年よりも"高値安定"していることが見て取れる。特に顕著なのがマスターズ1000の戦績で、マイアミの準優勝を筆頭に、参戦した4大会すべてでベスト8以上に進出。「自分のテニスが、去年や一昨年よりも確実によくなっている。レベルアップしているなと感じます」と、錦織本人も自身の成長を自覚しながらの歩みであった。

 ただ、「ベスト4や決勝の可能性もある」との自信を胸に挑んだ全仏では、地元の大声援を受けたリシャール・ガスケ(フランス)に行く手を阻まれ、4回戦で敗退。全仏を終えた時点の総試合数では、ベスト8入りした昨年よりひとつ減る結果となった。

 約10ヶ月半に及ぶテニスの長い長いシーズンは、全仏を終えた現時点で、ようやく折り返し地点に辿り着いたことになる。グランドスラム4大会のうち2大会を戦い終え、出場を義務づけられているマスターズ大会も、半数の4大会が終了。ハードコートと赤土(クレー)を中心とした戦場も、芝を経て、ふたたびハードへと移り変わる。

 そして昨年の錦織は、ここから失速した。ウインブルドン前哨戦のハーレ大会は、ふくらはぎを痛め準決勝で途中棄権。不安を抱えたまま迎えたウインブルドンでは、初戦勝利後に2回戦を戦わず棄権した。

 その後はワシントンDCで優勝したものの、シンシナティ・マスターズを欠場。全米オープンの初戦敗退を挟み、上海とパリのマスターズも3回戦で敗退。オフシーズンに徹底してフィジカルを鍛え、ツアーの合間にも複数回のトレーニング期を設けてはいたが、シーズンの後半戦では、蓄積した心身の疲労を隠しきることはできなかった。

 実は、錦織は例年、シーズン中盤戦にあたる5月〜7月上旬をどう過ごすかを、ひとつの課題ととらえている。

 拠点のフロリダから離れてのホテル住まい、わずか2ヶ月の間にグランドスラム2大会、マスターズ2大会、さらにATP500も2大会戦う過密スケジュール......。厳しい条件が重なる初夏の欧州は、「いつもケガに近いことが起きている」鬼門の地だ。

 その課題克服のため、今回の欧州遠征で取った策が、"チーム・ケイ"にロバート・オオハシという、新たなカードを加えることである。ハンマー投げの室伏広治を指導した実績を持つオオハシは、広くは『理学療法士』の肩書きで知られているだろう。だが、チーム・ケイでの役割は、『ストレングス&コンディショニング・スペシャリスト』。つまりは、錦織のフィジカル強化を担っている。

 錦織がオオハシに師事するのは、今回が初めてではない。2011年末にはトレーニングのため、オオハシが拠点とする極寒のシカゴへと出向いている。

 その訪問者の身体を見るなり、「臀部が弱い」と指摘した慧眼(けいがん)の持ち主の指導を受け、錦織は臀部強化のみならず、大きな筋肉から動かす効率のよい身体の使い方も体得。そうして迎えた翌年1月の全豪オープンでは、酷暑のなかシングルス5試合、ミックスダブルス2試合をケガなく戦い抜き、「こんなにすぐに成果が出るなんて自分でもびっくり」と、嬉しい驚きに顔をほころばせていた。

 今回もオオハシに帯同してもらい、遠征中にもトレーニグ指導を受けた効果を、錦織は、「単純にケガが減った。すごく身体がフレッシュな状態に保てている」と説明する。最大の成果が発揮されるのは「2〜3年後が目安」ではあるが、「この1年じっくり続けて、大会中にもやれることを少しずつ積み重ねていく」心積もりだ。

 そのように、シーズン後半戦に向けて体力面の強化を図ると同時に、成績面で求められるのが、今後のグランドスラムやマスターズでも「ベスト8以上」に勝ち進むことだろう。

 チャン・コーチは、自身の選手時代の経験を踏まえ、「準々決勝まで行く力があれば、それは準決勝や決勝を勝つ力もあるということ」と、ベスト8に1本のラインを引く。そのうえで、「ここまでくれば、1位を倒すのはもうひと息。ローマでの(ノバク・)ジョコビッチ戦や、バロセロナの(ラファエル・)ナダル戦も、本当に小さなことが勝敗を分けた。毎回ジョコビッチに2−6、2−6で負けていたら焦りも出てくるが、確実に近づいている」と、特にクレーシーズンでの愛弟子の戦いに、熱い手応えを感じている様子だ。

 今回の全仏4回戦敗退は、チーム全体にとっても悔いの残る結果だろう。それでも、13勝4敗の戦績を残した赤土での収穫は多く、特に、これまで攻略の糸口すらつかめなかったジョコビッチ相手に「光が見えた」と錦織が感じられたのは、今後に向けた大きな財産だ。「彼に対するポイントの取り方がわかってきたので、これがハードでもできれば」と、早くもリオオリンピックやUSオープンシリーズでの対戦を心待ちにする。

 55、55、68、70――。

 これは、2012年から2015年にかけての、錦織の年間総試合数の推移である。

 果たして今季が終わったとき、昨年の「70」の横には、いかなる数が書き込まれるのか? その数字こそが、今季の錦織の真価をはかる、ひとつの指標になるはずだ。

内田暁●取材・文 text by Uchida Akatsuki