35年前、ハリルホジッチがオシム&ボスニア代表監督と死闘を演じていた

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日本代表は3日に行われたキリンカップの試合でブルガリア代表を7-2で下し、決勝でボスニア・ヘルツェゴビナ代表と優勝をかけて対戦することになった。

長らくフランスに住み、会見もフランス語で行っているヴァヒド・ハリルホジッチ監督だが、母国ボスニアとの対戦には特別な想いを抱いていることだろう。

ハリルホジッチ監督はかつて母国ヴェレジュ・モスタルでプレーした後、ユーゴスラビア代表やパリ・サンジェルマン、ナント(いずれもフランス)で輝かしいキャリアを築いた。

一方、ボスニア代表を指揮するメフメド・バズダレヴィッチ監督も、母国ジェリェズニチャル、ソショー、ニーム(いずれもフランス)で活躍した元ユーゴスラビア代表プレイヤーである。

似たような過去を持つ2人だが、国際舞台では共演する機会は巡ってこなかった(ハリルホジッチがEURO1976、1982W杯に、バズダレヴィッチがEURO1984、ロス五輪に出場)。

しかし、今から35年も前にこんなことがあったのをご存知だろうか。

1981年5月24日 ユーゴスラフカップ決勝

ヴェレジュ・モスタル 3-2 ジェリェズニチャル

              バズダレヴィッチ(36分-PK)

ハリルホジッチ(55分)

ハリルホジッチ(58分)

              バズダレヴィッチ(62分-PK)

オクカ(80分)

ヴェレジュ:エンヴェル・マリッチ、アヴド・カライジッチ、アレクサンダル・ミチッチ(モムチロ・ヴコイェ)、ドゥブラフコ・レディッチ、ヴラディミール・マティエヴィッチ、ヴェセリン・ジュラソヴィッチ、ドラガン・オクカ、ブラジュ・スリシュコヴィッチ、ヴァヒド・ハリルホジッチ、アドナン・メジョドヴィッチ、ヴラディミール・スコチャイッチ(ミルサド・ムラハサノヴィッチ)

監督:ミロシュ・ミルティノヴィッチ

ジェリェズニチャル:スラフコ・ニェグシュ、ブラニスラフ・ベルヤン、ヴラド・コムシッチ、イヴァン・ルシッチ、ハイルディン・サラチェヴィッチ、ヨシップ・チリッチ、エディン・バヒティッチ、ミロミル・オドヴィッチ(ドラゴミール・ヴラシュキ)、ラデ・パプリツァ、メフメド・バズダレヴィッチ、ニコラ・ニキッチ(アントン・グラボ)

監督:イヴィチャ・オシム

こちらは、1981年のユーゴスラフカップ決勝で顔を合わせたヴェレジュと、ジュエリェニチャルのメンバーである。

太字のところを特に注目してみていただきたい。見覚えのある名前が並んでいることにお気づきだろうか?そう、今回キリンカップで対戦する2人(とオシム監督)は、タイトルがかかった35年前のカップ戦決勝でもライバルとして戦い、互いにゴールを奪い合っていたのだ。

ハリルホジッチとバズダレヴィッチが競い合う!

試合は、バズダレヴィッチのゴールでジェリェズニチャルが先制、その後ハリルホジッチが2点をあげヴェレジュが逆転に成功する。ジェリェズニチャルもバズダレヴィッチがPKを成功させ2-2。最後はヴェレジュのオクカがゴールをあげて試合を決めている。

ヴェレジュには現在の日本代表監督ハリルホジッチがスタメンに名を連ねている。ヴェレジュの監督はあのボラ・ミルティノヴィッチの兄でユーゴスラビア代表監督も務めたミロシュ・ミルティノヴィッチとこれまた熱い。決勝点を決めたオクカは現役引退後、中国プレミアリーグで長く監督を務めており、現在は天津泰達で指揮を執る。2013年には江蘇舜天を率いベガルタ仙台とも戦った経験を持つ。

ジェリェズニチャル側はボスニア・ヘルツェゴビナ代表監督バズダレヴィッチが2得点をあげたが、その時の監督はオシムであった。「オシムの弟子」と呼ばれるバズダレヴィッチは、現役時代に指導を受けたことがその由縁であり、一端を見ることができる。

日本代表とブルガリア代表との試合では、酒井宏樹がモジミリンに留学していたころの友達だったマルセリーニョと再会するという驚きの場面があった。ボールを追いかけている限り、地球上のどこかであいつらとまた会うことができる。それが、サッカーの最大の魅力と言っても過言ではないだろう。

(カバー画像は1981年10月のイタリア代表戦、若き日のハリルホジッチ(右))