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●人工筋肉、いよいよ実用化へ
新しい人工筋肉が開発された――そんな国内外のニュースをときどき目にすることがある。しかしながら、「人工筋肉を開発したというと、すぐに使えるイメージがあるかもしれないですが、実用に耐えうるレベルのものは、実はまだ世の中にあまり出てきていません」と、東京工業大学 工学院 ロボティクス研究分野の鈴森康一教授は話す。

そんななか、東京工業大学と岡山大学の両大学発のベンチャー企業「s-muscle」が今年4月に誕生した。s-muscleでは、同社の代表を務める鈴森教授と岡山大学大学院自然科学研究科の脇元修一准教授らが中心となって研究を進めてきた細径人工筋肉を販売していく予定だ。人工筋肉の実用化に向けた大きな前進となる。

○人工筋肉実用化の難しさ

そもそも、「人工筋肉」とは何だろうか。鈴森教授は、「普通のロボットはモーターで動いていますよね。しかしモーターだと、重いし、柔らかさもない。この課題に対して、いろんな形式のアクチュエータ(作動装置)が研究されています。なかでも人工筋肉は、生き物っぽいロボットや、人間とやさしく接するロボットに最も適したアクチュエータです」と説明する。

人工筋肉と一口に言っても、ゴムや導電性ポリマー、形状記憶合金、カーボンナノチューブで作られたものなど、現在ではさまざまなものが研究されているが、鈴森教授が着目しているのは、「マッキベン型」と呼ばれる人工筋肉だ。

「マッキベン型は空気圧で動作する人工筋肉で、原理自体は1960年くらいからあります。収縮率(収縮した長さを元の長さで割った値)が25%程度で、人間の筋肉に比べて3〜5倍の力があります。収縮率や力の大きさでいくと今のところ唯一使える人工筋肉だと考えています」(鈴森教授)

マッキベン型の人工筋肉は、ゴムチューブの外周にメッシュを編んだ構造をしている。ゴムチューブ内に空気を送り込んで圧力を高めると、ゴムチューブが膨らみ、メッシュが径方向に広がる。すると、メッシュの角度が周方向に傾き、その分、人工筋肉が軸方向に収縮するという仕組みになっている。太りながら縮んで行く様は、人間の筋肉とよく似ている。

鈴森教授らが開発したマッキベン型の人工筋肉の外径は、約2mm〜5mmほど。10〜40mm程度の太さであった従来のものに比べてはるかに細い。これは、細いゴムを均一に押し出す技術にポイントがある。ゴムは途中でその肉厚が変わってしまうと、まっすぐに伸び縮みすることができない。また、メッシュの角度も重要だ。一般的には、20〜25度程度の角度にすることで、軸方向に20%ほど縮む人工筋肉が設計できるのだが、55度より大きいと、反対に伸びる人工筋肉になってしまう。

材料となる糸などを編みこむ「製紐」という業界では従来、この角度を細かくコントロールするという考え方がなかったそうだが、鈴森教授らは岡山県倉敷市の製紐会社 池田製紐所の協力のもと、顕微鏡を見ながら繊維の角度を調整したり、耐久性のある材料を研究したりすることで、細径化を実現。さらに、大量生産を可能にした。

○ファッショナブルで着心地の良いパワースーツへ

鈴森教授らが開発する人工筋肉は、ロボットやパワースーツへの応用が考えられる。「モーターで動くパワースーツは金属なので、硬くて重くて着心地が悪いんじゃないかという気がしますよね。そこで、人工筋肉を利用して、おしゃれに気持ち良くすごせるデザインのパワースーツを作ることを目指しているアパレルメーカーもあります」と鈴森教授。

人工筋肉がバラバラにならないよう横糸で編み込むことで、パワースーツを作ろうという考えだ。鈴森教授の研究室では、近所に住む裁縫が得意な主婦を技術員として採用し、織布のサンプルを作製してもらっているのだという。

実際に、人工筋肉の研究が進むにつれ、アパレルや福祉機器のメーカーから、人工筋肉を売ってほしいという声が上がってきた。自分たちの研究に使うのでいっぱいいっぱいだったため当初は断っていたというが、「そこまで欲しいといってくれるなら、じゃあ売ろうか、と」(鈴森教授)

これがs-muscle設立のきっかけだった。鈴森教授は「こういう動機なので、小さく確実に始めようと考えました。身の丈にあった形でやっていくつもりです」と控えめな姿勢だが、マーケットのニーズに応える形で技術や研究成果を事業化するという、大学発ベンチャーの手本となる事例であるといえよう。

「人工筋肉は、素材・部品ですから、我々だけが抱えて持っているより、洋服や福祉の専門家と一緒にやったほうが良い。岡山大学と体制を組んで、企業と共同研究をしながら、まずは応用面を開拓していこうと思っています」と鈴森教授が説明するとおり、s-muscleは、今年の7月から機能検証用に人工筋肉のサンプル出荷を開始し、細径人工筋肉の設計、開発、用途開拓を進めていく予定だ。

●革新的なロボットは、革新的なデバイスによってできあがる
○マッキベン型人工筋肉の課題

マッキベン型の人工筋肉にも課題はある。それは、コンプレッサ(空気圧縮機)が必要となる点。コンプレッサは大きく、音も出るため、使える場所が限定されてしまう。そこでs-muscleでは、東京都小金井市のコガネイという空気圧機器メーカーとともに、小型空圧ポンプの開発を行っていく。

また、基礎研究の段階ではあるが、人工筋肉のなかに小型のコンプレッサとして、燃料電池を組み込むことも考えているという。燃料電池内の樹脂の膜に通電すると、酸素と水素のガスが出て膨らむ。逆にショートさせてやれば、ガスが水に戻るため減圧するという仕組み。この際、エネルギーを回収することができるのがポイントだ。こういった小型のコンプレッサが実現できれば、鈴森教授らの人工筋肉の応用範囲は劇的に拡大していくであろう。

<燃料電池内蔵アクチュエータが動作する様子 動画提供:鈴森・遠藤研究室>

○本質だけを残した「ジャコメッティロボット」

人工筋肉は、鈴森教授が提唱する「ジャコメッティロボット」という新しいロボットの概念にも応用されている。ジャコメッティとは、スイス出身の彫刻家。針金のような細い人物彫刻が彼の作風だ。産業革命以降、機械は「力」「精度」「スピード」の向上を目指してきたといえるが、ジャコメッティロボットは、この流れに一石を投じるものである。

鈴森教授は、ジャコメッティロボットのコンセプトについて、「いろいろな装置やセンサをつけることで高性能なものはできますが、かなり重いロボットになってしまう。それを原発の中に入れたり、壁を上らせたりする際、落ちたり倒れたりしたときの対応がまたひとつ大きな課題になってしまいます。そこで、ひたすら真面目に高性能なロボットを作るのではなく、無駄なものを全部そぎ落として、本質的なものを残そうという考えに至りました」と語る。

実際に見せていただいたジャコメッティロボットは、その名のとおり無駄のない細長い肢体となっていた。理論上はアームが無限に伸びるように設計することもでき、たとえば災害現場での捜索活動などに応用できる可能性がある。これは、普通のモーターで実現しようとしても重くて不可能だ。そこで人工筋肉の出番となる。

「位置決めの精度や大きな力は出せないんだけど、先端にカメラを乗せて災害現場の様子を見に行くことくらいならできる。これまでのロボットが目指してきた力・精度・スピードの向上といった流れからは、切り離した考え方です。世の中の流れに乗るのではなく、違う視点で見たい。そして口先だけで言うのではなく、実際にやってみせるということにおもしろさを感じています」(鈴森教授)

○新しいデバイスが登場すれば、新しいロボットができる

s-muscleの代表取締役を務めながらも、本業である大学教員としての業務もおろそかにはできない。両立に苦労しているという鈴森教授だが、彼の目指すところはどこなのだろう。

「実際に役に立つものを作りたい。異論はたくさんあるかもしれませんが、僕は、革新的なロボットは、革新的なデバイスによってできあがると考えています。もっと挑発的な言い方をすると、誰にでも手に入るモーターを組み合わせても、誰にでもできるロボットになってしまう、と」(鈴森教授)

新しいデバイスが登場すれば、新しいロボットができる――確かに、柔らかくて軽くて力のある人工筋肉のようなデバイスがなければ、鈴森教授の提唱するジャコメッティロボットという概念は生まれてこなかっただろう。

そして鈴森教授は、次のように続けた。「一人でやっていても役に立つものはできません。僕は、システムを作ることよりも、鍵となるコンポーネントを作って、実際に作る人たちにそれを提供していきたい。その結果、すごいロボットができたら、それを作った人たちに有名になってもらえば良いわけで。僕はその横で、"この革新は僕がやったんだぞー"と、一人でほくそ笑んでいれば良いんです(笑)。そこを狙いたい」

「それを実現するのが人工筋肉であり、大学発ベンチャーである、というわけですね?」と筆者が問いかけると、「そうですね、うまくいけばこれがそうなるんですよ」と、鈴森教授は笑顔を見せた。

(周藤瞳美)