人を引き付ける本当の「魅力」とは──それはトランプにもあるのか

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ロナルド・レーガン元大統領には魅力があった。明確に説明できる理由もなく、多くの人がレーガンを愛したのはそのためだ。ビル・クリントン元大統領にも、魅力があった。いくつもの女性スキャンダルを乗り越えてしまうほどの、大きな魅力だ──だが、妻のヒラリーには魅力がない。

そして、ジョージ.W.ブッシュ元大統領には、南部出身の人物に特有の魅力があった。それが、一部の人たちを引き付けていた。共和党の大統領候補指名が「確定」したドナルド・トランプの魅力は、どこあるのだろうか。

トランプは、ニューヨークのジャーナリストたちの目には魅力的に映るようだ。フォックス・ニュースの司会者やコメンテーターたちの言葉や態度からも、それが分かる。ニューヨーク・タイムズ紙のコラムニストの中にも、同じように思う人がいるらしい。

それなのに、トランプがこの時点になってもまだ、「側溝の中でおぼれそう」になっているのはなぜだろう。それを理解するためにはまず、「魅力」の定義から考えてみるのがいいだろう。

「魅力」の不思議さ

この言葉を定義するのは難しい。辞書の説明はあてにならない。辞書サイト「Dictionary.com」によると、「charm(チャーム、魅力)」は次のように定義される名詞だ──「個性や美しさを通じて、人を喜ばせたり、引き付けたりする力」。

魅力がこういうものであることは確かだ。だが、この定義は本当の”魅力”が持つ生き生きとした、きらめくような性質のわずかな一端もとらえていない。魅力とは人に好まれるものだ。だが、ほとんどの人は持ち合わせていない、感情的な、そして美的ともいえる、超然とした何かを表すものだ。

魅力的な人は他の誰かを評価しても、それによって自分に注目を集め続ける。ケーリー・グラントは、後年の作品で演じた役柄の魅力をそのまま体現したような人物だった。そして、そうした魅力を持つ現代の男性の一人は、ジョージ・クルーニーだろう。

魅力はもの柔らかでありながら、弁護士たちが持つ粘着質の物腰の柔らかさとは質を異にする。魅力には、親しみを感じる温かさがある。ただ、魅力は徳の高さとは違う。善悪の判断にとらわれるものでもない。魅力的な人は、あなたの目を見開かせる人だ。そして、人の話に耳を傾け、丁重な態度でそれに対応することができる人だ。

こうした人たちには自信がある。自分を主張する必要などないほどの自信だ。誰かが侮辱したり失礼な行動を取ったりしても、その人のオーラが傷つけられることはない。ユーモアや寛容な態度が失われることもない。

トランプはどうか──

当然ながら、これらはトランプに欠けている資質だ。トランプなりに魅力的なところもあるだろうが、彼はその魅力をすぐに投げ捨ててしまう。けんか好きなニューヨーカーたちの間で育った人だ。こうした性質は、彼の強みにもなってきた。このおかげで、マンハッタンで成功し、共和党の大統領候補を目指す予備選を勝ち抜いてきたのだ。

だが、これは同時にトランプの弱みでもある。政治においては特に、弱点となるだろう。自身の魅力で他人を引き付けるのではなく、誰かを愚弄することで注目を集めてきただけなのだ。

大統領にふさわしいと評価されるようになるためには、人としての魅力が必要だ。トランプ自身は、大統領らしいことは”退屈な人”であることだと思っているようだが、そうではない。家族の誰かが、トランプがそれを学ぶのを助けてあげられるかもしれない。

ロナルド・レーガンはかつて、討論の中でこう言ったことがある。「私は政治的な目的で、対立候補の若さや未熟さを利用したりしない」──これ以上に、明るく魅力的な言葉はあるだろうか?