徹底していない登場人物の行動原理「とと姉ちゃん」52話

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連続テレビ小説「とと姉ちゃん」(NHK 総合 月〜土 朝8時〜、BSプレミアム 月〜土 あさ7時30分〜)第9週「常子、初任給をもらう」第52話 6月2日(木)放送より。 
脚本:西田征史 演出:松園武大


「男性と女性が尊敬しあって働くのは難しい事なんでしょうか?」
思いあまって滝子(大地真央)に相談する常子(高畑充希)。
「所詮 この世には 男と女しかいないんだよ」と言う滝子の気っ風の良さに、たちまち悩みは解消する。
山岸(田口浩正)に禁止令を取り消してもらい、引き続き雑用をやりはじめる常子であったが、当然ながら早乙女(真野恵里菜)が激怒。
相当、男性社会の中でいやな思いをしてきたのだろう。とはいえ、佃部長(斉藤洋介)の采配で、早乙女も黙らざるを得なくなってしまう。
山岸がくせ者で、早乙女の言うことを聞いたかと思えば、常子の言うことを聞き、また早乙女に寝返ったかと思うと、佃部長(斉藤洋介)に従うなど、コロコロ態度を変える。こういうやつがいるから早乙女はあんなにも意固地になってしまったのだろうと同情を禁じ得ない。
と、ここまで見ながら、この流れにいろいろ気になるところを感じたので、挙げておく。

まず滝子。かつて森田屋とあんなにいがみあっていたにもかかわらず、男女のいがみあいについてはこんなに寛容というのは、少々キャラがブレていないだろうか。
次に、常子。困ってる人のお役に立ちたい、と言うが、実際のところ、男性社員たちはどれほど困っているのだろうか。
そして早乙女。男女同権を主張するわりには、上下関係は守り、上の言うことは聞くという彼女の思想がいまひとつ弱い気がしてならない。
お話を無難に進行させるために記号的なキャラたちを記号的に動かして、いわゆる貫通行動が徹底していないのだ。

「とと姉ちゃん」のこれまでの傾向は、名前のある人は、たとえ一瞬、主人公を虐める側にまわったとしても、主人公の懸命さに負けてあとから主人公の味方になる(いわゆる「ONE PIECE 」方式?)。名前のない人たちは、集合意識としての「悪」のまま。わかりやすい構造ではあるものの、近年、そういうわかりやすさから脱しようとドラマ作りが行われている中において、これでいいのか? という疑問も沸いてしまう。
早乙女はすでに主人公側という善の側にまわりつつある。いつものパターンでいけば、山岸もじつはいい人になる可能性もあるだろう。このまま山岸がみみっちい小悪党のままでいれば、まだ救われるが、はたして? 

もっとも、こういう描き方だからこそ万人に見やすいものにもなっているのも否めない。
こうして小姑ツッコミを発動している間に、常子は“丁寧で(出た「ていねい」!)懸命な”仕事ぶりが皆に認められるようになった上に、武蔵(坂口健太郎)と週に1回、会って近況を語り合う約束をとりつけ、さらには、ついに初月給で、名実共に“とと姉ちゃん”(一家の大黒柱)となった。まさにこの世の春。この春はずっと続くのだろうか。
(木俣冬)