このたび私たちは、「ウートピ図書館」を開館することにいたしました。 ここは、皆様の寄贈により運営をおこなう私設図書館です。ウートピの主な読者層は、人生の分岐点に立つアラサーの女性。読者の皆様がもっと自由に、もっと幸福に、人生を謳歌するための杖となるような本を収集すべく、ここに設立を宣言いたします。

失恋した時に支えてくれた本、仕事で失敗した時にスランプを乗り越えるヒントを与えてくれた本、そして今の自分の血となり肉となった本などなど。作家、ライター、アーティスト、起業家、ビジネスパーソン……さまざまな分野で活躍されている方々の「最愛の一冊」を、人生を模索するウートピ読者のためにエピソードと共に寄贈していただきます。

第二回は、恋バナ収集ユニット「桃山商事」代表の清田隆之(きよた・たかゆき)さんです。

『友がみな我よりえらく見える日は』上原隆(幻冬舎)

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<たとえば、こんな方におすすめ>
失恋で自尊心が揺らいでいる人

失恋というのは、“小さな死”とも言うべき喪失体験ではないか、と思う。相手がいなくなることはもちろん、その人がいることを前提に成り立っていた日常や、これからその人と迎えるはずだった未来、そしてその人と一緒にいるときの自分など、本当にいろんなものを失うことになるからだ。

私も5年前、個人的に大きな失恋を経験した。仕事を言い訳に結婚と向き合わず、6年つき合った恋人に愛想を尽かされたという顛末(てんまつ)だったが、別れてから3年間も彼女の夢を見続け、たくさん後悔をし、こらえきれず年賀状を出したこともあった(返事なし……)。そんな時期に何度も何度も読んでいたのが上原隆さんの本だった。

この『友がみな我よりえらく見える日は』-->-->-->-->-->は、1996年に出版された上原さんの代表作と呼べる一冊だ(文庫版は1999年)。昨今は『断片的なものの社会学』(岸政彦/朝日出版社)や『あなたを選んでくれるもの』(著=ミランダ・ジュライ、訳=岸本佐知子/新潮社)、NHKの「ドキュメント72時間」など、名もなき“市井の人々”にスポットを当てた書籍や番組が話題となっているが、本書もこの系譜に属する作品と言える。

自尊心の危機、人はどう自分を支えるか

〈困難に遭遇し、プライドを根こそぎにされ、自分を道端にころがっている小石のように感じる時、人は自分をどのように支えるのだろうか?〉

本書の冒頭には、こんな一節がある。上原さんの本では、とりわけ苦悩や困難を抱えた人々の人生が描かれるのだが、この本にも事故で失明した中年男性、登校拒否をしていた高校生、夫の浮気に苦しむ妻……などが登場する。

自尊心の危機が訪れる中、人はどうやって自分を支えるのか。そんな問題意識を持って人々の人生に分け入り、グッとくるポイントをすくい上げ、端正な“ノンフィクション・コラム”としてまとめ上げる。これが上原作品の真骨頂だ。

独身女性の支えになったヌード写真

例えば本書に収録されている「容貌」という話には、容姿が美しくないことを自認する40代の独身女性が登場する。彼女には8年間も片想いをしている男性がいた。ある日、その人から突然の呼び出しを受ける。期待に胸を膨らませて行ってみると、借金の申し込みだった。

〈その時にね、喫茶店に入ってミルクティを頼んだんですよ。私あせっちゃって、もう、カッカッきてるから、ミルクティがきた時、ポットに粉ミルクが入ってたの。で、ミルクだと思って入れちゃったら、それがチーズだったんですよ。(中略)チーズだから溶けないわけ、浮いてんの全部、溶けないんですもの。上にポッカリ浮いちゃって。彼が見てるし、飲んじゃった。飲み込んじゃった。気持ち悪くて気持ち悪くて、ミルク、後から来たの。いま、思ってもすっごく恥ずかしい〉

ここの描写はとにかく圧巻だった。そして、そんな彼女は45歳のとき、自分の体をまだ誰にも見せたことがないからと、プロのカメラマンにヌード撮影を依頼した。自分でも「美しい」と思えたその写真は、彼女を支えるささやかなお守りになった。

孤独を癒やしてくれた“感動”の正体

こういったエピソードの数々に、当時の私はしみじみ感動していた。ページをめくっている間は、失恋による孤独や悲しみが不思議と和らいだ。粉チーズを飲み込んでしまった彼女の心境、ヌード写真を眺めているときの、少し誇らしげな表情……。そういったものがリアルに立ち上がり、まるでその場に居合わせ、上原さんやこの女性と対話しているような気分になったからだ。

思うに、感動というものの正体は、「そこに堆積していた膨大な時間や感情の一端に触れてしまうこと」ではないだろうか。読書で言えば、文章に織り込まれた時間や感情の堆積が一気にこちらへ流入してきて、心が強く揺さぶられる──。そういう現象を感動と呼ぶのではないかと思う。このおかげで、失恋によって生じた空白が少しずつ埋まっていった。

文章の素晴らしさは、水面下に広がる裾野の広さに比例する。書くために費やした熱量、取材対象者と築き上げた関係性、人生を賭けて養ってきた技術や想像力。本書はそれらが下支えになって紡がれた文章だからこそ、人の心を揺さぶる迫力が宿るのだろう。

上原さんの本には、失恋したときに支えてもらっただけでなく、文章の書き手としても読むたびに学ぶことが本当に多い。そんな心強い存在が常に部屋の本棚にいてくれるなんて……よく考えたらかなりすごいことなんじゃないかと思えてきた。ぜひ、手元に置くことをおすすめしたい1冊だ。

(清田隆之/桃山商事)

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