日本時間の3日、朝10:30キックオフ、いよいよ新生なでしこジャパンが初陣を迎える。相手は、W杯女王のアメリカ女子代表だ。

 会場となるデンバーは、標高1マイル(1600m)で「マイル・ハイ・シティ」とも呼ばれる。気圧が低く、酸素が薄い。練習場まで、20分間歩くだけで息が上がり、肺が小さくなったように感じる。

 阪口夢穂(日テレ・ベレーザ)も、「練習中に息が上がりやすく、ゼーゼーしてしまう」と話す。だが、移動の疲れと時差ボケがある中で、当初試合ギリギリまでかかると予想されていた高地への順化は予想以上に順調に進んでいる。チームは2日間の練習を精力的にこなした。

 そして、この2日間でチームにある「変化」が起きている。

 戦術面で劇的な変化が加えられたわけではない。しかし、パスのテンポが上がり、攻撃にリズムが生まれた。結果、なでしこジャパンのサッカーに力強い生命が宿りつつある。

 高倉麻子監督がメンバーを発表したのが5月20日。そして、海外組も含めて選ばれた20名が顔を合わせたのが30日。それから、僅か2日間の出来事である。

 指揮官は、何を変えたのか。チームの変化にはいくつかの伏線があった。まずは初日の練習に遡る。

 午前練習はフィジカル面の調整からスタートした。ボールを使ったパス練習などで、徐々に心拍数を上げていく。遊びの要素も取り入れたメニューが多い中で、年齢や経験の差といった垣根を越えて積極的に声を掛け合い、笑い声もよく響いた。戦術面の構築よりは、主に選手間のコミュニケーションを図ることと基礎の徹底に時間を割いた印象だ。雰囲気の良さは選手たち自身の言葉からも読みとれた。

「初めてプレーする人もいますが、よくコミュニケーションが取れていてすごくいい雰囲気でやれています」(杉田亜未/伊賀FCくノ一)
「練習の中で、集中するところと楽しむところが分かれています。笑顔が見える雰囲気作りはいいですね」(熊谷紗希/オリンピック・リヨン)

 熊谷は先日、女子CL決勝で所属するリヨン(フランス)の優勝にフル出場で貢献し、MVPに輝いた。ディフェンスリーダーとして、今回のチームを大きな声で盛り上げている。そんな中、千葉園子(ASハリマ)や高木ひかり(ノジマステラ)など、初招集の選手たちも臆することなくチャレンジしていた。

 しかし、初日の午後練習では、午前とは打って変わり、グラウンドにピリッとした緊張感が漂った。

「『やっているつもりはやめよう』と伝えました。ファーストディフェンダーのスピードやカバーのポジションも、これぐらいでいいかな、という感覚がある。経験を積んでいる分、なんとなくやれている感じになるんだろうなと強く感じました。実際それはできていないと、自分たちが分からないといけない。厳しいかもしれないけれど、変わらなければいけないよと伝えました」(高倉)

 新戦力や若手選手に対してではなく、経験のある選手達に感じていた違和感を指摘したのだ。世界のトップレベルで戦い続けてきた選手達だからこそ、試合の駆け引きの中で、行くべきところとそうでないところを知っている。だが、慣れからくる「あと一歩」への妥協が、チームの歯車を狂わせる原因にもなる。

 そして午後の練習では、守備面の1対1の対応と、複数で連動してボールを奪う3対3を徹底した。

「(相手の)スピードを吸収する、そこで飛び込まない!」
「相手の間合いを怖がるな!」
「(前が)寄せないと(後ろの)ポジションが決まらない!」

 ポジショニングや出足の細かなタイミングは、大部由美ヘッドコーチがその都度プレーを止めて修正を加えていく。若手選手たちだけでなく、経験のある選手たちにも緊迫感が高まった。

 選手たちは指揮官のメッセージを、どのように受け取ったのか。

「これまで、1対1などの切り取った練習は少なかったですし、味わったことのない厳しさが新鮮ですね。なぁなぁになっていた部分を改めて鍛え直されました。監督もコーチも、遠くからでもしっかりと見ているので、気が抜けません」(阪口)

 守備の出足のタイミングを改善することで、球際の妥協がなくなり、ボールの奪いどころが定まってきた。それが結果的に、質の高い攻撃につながっていく。もちろん、一朝一夕で足並みが揃うものではない。この変化を確かなものにするためには、オフザボールの動きや、思考の連動にも質の高さが求められる。

 そのために必要なのが、選手同士の緻密なコミュニケーションだろう。遊びを取り入れたメニューや、オフザピッチで高めたチームの雰囲気が、ここで生きてくる。わずか2日間の短い間でも、互いの考えを伝え合い、特に若い選手たちがピッチ内外で殻を破っていくことがチーム力アップにつながる。指揮官は二段構えで選手たちを刺激し、変化を促した。2日目は、初日とは違ったほど良い緊張感の中で、翌日の本番に向けた実戦的なメニューをこなした。

「初日が終わった時点で、もう4、5日一緒にいるように感じるぐらい、選手といろんな話をしました。必死で戦うとか、諦めないで戦うということは当然のこと。そこだけで人の気持ちを打つのではなくて、プレーの質の高さ、サッカーの内容でなでしこジャパンを評価してもらえるようにしたい。全員がハードワークをして、なおかつ10cmにこだわる質の高さ、そういう厳しさを出していきたいと思います」(高倉)

 アメリカは、日本に先んじて27日に現地入りし、コンディションを高めている。今回の日本戦には25名のメンバーが招集されており、3大会連続の金メダルがかかるリオ五輪本番に向けて、18名に絞るための選考の場でもある。前日、会見場に現れたジル・エリス監督の表情には自信の色が浮かんでいた。

 この2日間で形になり始めた日本の武器が、アメリカに対してどこまで通用するのか。まずはデンバーの地で、なでしこの花を咲かせてほしい。

松原渓●取材・文 text by Matsubara Kei