派遣社員から不動産営業、そしてあられ屋の起業。六本木ヒルズをはじめ、数々の商業施設に出店し、「いよいよこれから海外進出!」という段階で突然、事業縮小を決意。いったい、なぜ?

拡大するだけが成長じゃない。36歳の女性起業家、遠藤貴子(えんどう・たかこ)さんが今、模索している新しいワークスタイルとは?

【連載「ウートピな人々」一覧はこちら】

ネット販売にハマっていた派遣時代

――20代中盤までは、バリキャリ志向でも起業家を目指していたわけでもない「ごく普通の女子社員」だったとか。

遠藤貴子さん(以下、遠藤):仕事にまったく楽しさを見いだせないまま、惰性で働いていましたね(笑)。やりたい仕事もなければ、キャリアのビジョンも持っていない。実は、就活もほとんどしていません。

学生時代にハマっていたネット販売やバイトの収入を合わせると、初任給よりも高い収入を得ていたので、会社に縛られて正社員として働く気が起きなかったんです。とりあえず、契約社員や派遣で事務として働きながら、仕事が終わると一目散に家に帰ってネット販売を楽しむ日々を送っていました。

撮影:竹内洋平

「二足のわらじ」時代がビジネスの原点

――二足のわらじですね。ネット販売では、どこに面白さを感じていたのでしょうか。

遠藤:若者向けの服を販売していたのですが、商品の見せ方やページの作り方を研究したり、どんなふうにアピールすれば売れるのかといったことを考えたりするのが面白かったんです。工夫次第で手応えが得られ、成果に繋がる。商売の楽しさに目覚め、夢中になりました。ビジネスの原点はここで学んだ気がしますね。

25歳で不動産の営業に転身

――25歳で奮起し、営業に転職していますね。「刺激のない仕事生活」にピリオドを打ったきっかけは何だったのですか?

遠藤:「ちょっと頑張りたい自分」が出てきた頃でした。このまま意味のない時間をダラダラ過ごすのでは生きている価値がない、自分に合った仕事をして充実感を得たくなったんです。そんな時、隣の営業マンを見て、「私、営業のほうが向いているかも」とピンときました。

ネット販売で養った「商品の魅力を伝える」スキルは営業にも通じるのではと思ったんですね。世の中で一番高いものを売れたら何でも売れるはずだと考え、不動産の営業に転職。お客さんのライフスタイルを想像しながら、いかにピッタリの物件を提案するか、戦略を練ることがすごく楽しかった。お客さんにも喜んでいただき、売り上げも上々。やりがいを感じていました。

“失業中”に出会ったあられ

――そこからどうして「あられ屋」を起業することに?

遠藤:知人が起業した会社を手伝うために不動産会社を退職したのですが、なんと3ヵ月で倒産。その後一人でスワロフスキーのネット販売をしていた時に、大好きなあられ屋さんが、存続の危機に陥っていると知りました。「こんないいものがなくなるなんてもったいない」と、社長に承諾を得て売り出したのが、あられ屋事業を始めたきっかけです。

パッケージデザインや売り方などもすべて見直し、カマンベール味や塩バターキャラメルなど新感覚のあられを販売したところ、話題になって注目されるように。六本木ヒルズへの出店を機に店舗の認知度も高まり、複数の商業施設に出店。「いずれは海外展開を」と夢みていましたね。

「まさにこれから」という時に事業縮小

――そんななか、軌道に乗っていた事業を突然縮小。自身の働き方も、大きく方向転換されたそうですね。

遠藤:あられ屋の店舗をすべて閉め、婚礼引菓子や卸のみに絞り、1年ほど前からは、他社のブランティングや新規ビジネスの立ち上げを請け負うコンサルタントとして活動しています。子育て中なので、必要がある時以外は、在宅勤務のスタイルです。

転機となったのは、出産2ヵ月後に乳腺炎の手術をしたこと。高熱が続き、痛みでろくに眠れない。胸に膿出しのチューブを入れたまま、1ヵ月間寝たきりでした。子どもを抱くこともできず、授乳するのも怖かった。2つの病院に往復4時間かけて通う生活に心が折れそうでした。店舗はスタッフに任せていたものの、仕事のスケジュールはどんどんずれていくし、大事な場面で社長の私が思うように動けないのでは、この先の展開は厳しいなと感じました。

「そぎ落とす」ことを考え始めて

――自ら育てたものを「手放す」のは、大きなハードルだったはず。怖さはなかったですか?

遠藤:そうせざる得ない状況だったんです。心が折れそうになる中、ずっと考えていたのが「自分にとって本当に大切なものは何か」ということでした。いろんな選択肢から選べる状況でなくなった時に、何を優先し、どう生きていくか。生まれて初めて「そぎ落とす」ことを考えました。

ノートに思いをどんどん書いていき、自分と向き合った結果、一番大切なのは、やはり「家族」だなと痛感。家族に軸足を置いて、本当にやりたい仕事に絞っていこうと決めました。

悲観しそうになった時こそ、感謝する

――思いをノートに書き出して、「自分と対話」することで新たな扉が開いた――。どんなことを書いていたのですか?

遠藤:今まで私を支えてくれた方への感謝の気持ちですね。心が折れそうな時は、「なぜ私ばかりこんな目に?」と世の中を悲観してしまうけれど、いろんな人にしてもらったことを書いていくと、「私って恵まれているんだな」と気づき、前を向く力になります。自分の夢を叶えるだけでなく、私を支えてくれる人たちも幸せにできるような生き方をしたいし、事業をする上でもそれを軸に展開していこう、と。自分がするべきことが見えてくるんですね。

「仕事を楽しむ」+「人生を楽しむ」

――答えは自分の中にある?

遠藤:それを掘り起こす感じですね。そのおかげかわかりませんが、人生の節目で協力してくださる方が現れています。よく「相手を巻き込む」という言い方をするけれど、相手にとってもWINにならないと巻き込むことはできません。継続的にいい関係を築いていくためにも、「フェアな関係」を大切にしています。

――「選択と集中」の結果、遠藤さん自身の人生はどう変わったでしょうか?

遠藤:今までもやりたい仕事をして楽しんできたけれど、今はそこに「自分の人生を楽しむ」という喜びも加わりました。大切なものを守りつつ、本当にやりかった仕事に集中できている。納得感のある生き方と働き方を得ることができたと思っています。

人生は掛け算

――人生最大のピンチを、「人生を豊かにする転機」に変えたのですね?

遠藤:そぎ落としたり、手放したりすることは、失うことではないと気づかされました。人生は何でも“掛け算”だと、尊敬する方に言われたんです。私の場合は、「女性起業家」×「グローバル」×「ダイバーシティ」(夫がフランス人なので)×「子育て世代のワーキングマザー」。タグをどんどん増やしていけば、誰もが自分にしかできないことを実現できると思うんです。

遠藤さんの1日
6時に起床し、メールチェック。朝食後、9時まで仕事。週2回の保育園の日以外は、夫が子どもを公園に連れていく。10時に子どもを連れてスーパーへ買い物。友達とランチをしたり、実家に行ったりすることも。13〜15時の子どもの昼寝タイムに仕事を済ませる。その後は子どもとスキンシップ。家族で夕食を済ませた後は、子どもをお風呂に入れ、20時くらいに寝かしつける。メールチェックなどを済ませ、22時には就寝。1日の仕事時間は3時間ほど。

【連載「ウートピな人々」一覧はこちら】

■関連リンク

西尾英子(にしお・ひでこ)
ライター・編集者。出版社で男性総合誌の編集に8年携わった後、フリーに転身。女性の生き方やキャリア、心の問題といったテーマを中心に、雑誌や書籍などで執筆活動を行う。これまで数多くの著名人や起業家、働く女性たちを取材。