by summonedbyfells

「科学知識への自由なアクセス」のために研究論文を無料で読めるようにしているサイト「Sci-Hub」では、2016年5月時点で5000万本を超える論文が公開されています。その影響は決して小さいものではなく、発表された論文の購読料を取るという形のビジネスは転換を迫られるのではないかという見方が出ています。

Who's downloading pirated papers? Everyone | Science | AAAS

http://www.sciencemag.org/news/2016/04/whos-downloading-pirated-papers-everyone



「Sci-Hub」を運営しているのはカザフスタンの大学院生Alexandra Elbakyanさん。サービスは2011年に始まって、5年目を迎えています。公開されている論文の数はどんどんと増加して、2016年5月時点で5000万本を突破。

科学誌・Scienceによると、ダウンロード数は2015年9月から2016年2月の半年間で2800万回。ダウンロード元は第1位が中国で440万件、第2位がインドで340万件、第3位がイランで260万件でしたが、この3カ国に集中しているわけではなく、世界各国にサービス利用者が存在。たとえば、日本でも東京都23区内から13万件以上のダウンロードリクエストが記録されています。

ネットアンケートサービス・SurveyMonkeyでは、このSci-Hubについて約1万人に対してのアンケート調査が行われました。

Tell us what you think about Sci-Hub-Love it or Hate it? - 回答 | SurveyMonkey

https://jp.surveymonkey.com/results/SM-PQX56R8R/

その結果の一部は以下のようなものとなりました。

Q1:

論文の「海賊版」をダウンロードするのは間違ったことだと思う?(有効回答数 1万841件)

A:

はい 12.13%(1315件)

いいえ 87.87%(9526件)

Q2:

Sci-Hubを利用したことがある?また、その頻度は?(有効回答数 1万874件)

A:

利用したことはない 41.11%(4470件)

何度か利用したことがある 33.27%(3618件)

毎日、あるいは週1回 25.62%(2786件)

Q5:

Sci-Hubや類似サービスを利用した第1の理由は?(有効回答数 9899件)

A:

論文へアクセスする手段がない 50.97%(5046件)

出版社などが提供するシステムに比べて便利だから 16.90%(1673件)

出版社が利益を上げることに反対だから 23.22%(2299件)

その他 8.90%(881件)……「私はこのサービスを使っていない」「上記の3つとも当てはまる」「自分の大学からアクセスできないものだけ利用している」「購読費を支払う余裕がない」など

……ということで、Sci-Hubを利用した人の数は決して少なくなく、その理由としては国単位、あるいは職場・学校などの単位で、論文へのアクセスが規制されているということが挙げられました。前述のダウンロードリクエストの数が多い国に中国やイランがあったのも、これを裏付けるものです。

そして興味深いのは、2割以上の人が「出版社が利益を上げることに反対だから」という理由に票を入れた点です。学術雑誌出版大手のエルゼビアの2015年の収益は29億ドル(約3224億円)で、このうち11億ドル(約1223億円)が「論文を読むための購読ビジネスモデル」から得られたものです。

科学者や学者は論文を提出したからといって、その対価としてお金をもらえるわけではありませんが、論文を書くときには他の多数の論文が必要になってきます。このため、大学や組織で包括契約を結ぶケースがあり、カリフォルニア大学の場合、エルゼビアに年間870万ドル(約9億6700万円)を支払っています。

包括契約を結んでいない組織に所属する研究者、独立系の研究者などはそれぞれを自分で支払う必要があります。論文を1本あたりの価格が30ドル(約3300円)として、50本から200本の論文を参照したとすると、その購読費だけで16万5000円から66万円。書いた論文自体で学者がお金をとるわけではないため、法外な費用がかかっているといえます。

アンケート結果では、この点の不満点が表に出てきていると言えます。実際、エルゼビアが法外な価格をつけているとして、抗議の署名を集めるサイトも作られています。

The Cost of Knowledge

http://thecostofknowledge.com/

この「The Cost of Knowledge」には、すでに1万6000人以上が賛同しているとのこと。





また、名古屋大学大学院環境学研究科コンクリート工学研究室の丸山一平准教授も、2013年に自身のブログでエルゼビアとの契約問題について触れています。

奥の間: エルゼビア社 知的財産の問題

http://concrete-nagoya.blogspot.jp/2013/06/blog-post_15.html

このSci-Hubを「新たなナップスター(ファイル共有サービス)だ」と表現したのは、マーケットプレイス「Etsy」のプロダクトマネージャーであるジェイソン・シェン氏。

The New Napster: How Sci-Hub is Blowing Up the Academic Publishing Industry - The Art of Ass-Kicking

http://www.jasonshen.com/2016/new-napster-sci-hub-academic-publishing/



シェン氏は音楽サービスのSpotifyやニューヨークタイムズ(デジタル版)、男性誌・エスクァイア、Netflix、Amazonプライムビデオ、書籍、電子書籍などにお金を費やしている自身の経験から、「著作権を侵害して海賊版を作るよりも、買う方がとても簡単という状況を作り出したことが重要です」と記しています。

経済学者・シュンペーターは、古くて効率の悪いものは、新たに生まれた効率的な方法によって駆逐され経済が発展するという「創造的破壊」を提唱しました。たとえば、音楽業界はナップスターをはじめとするファイル共有サービス、さらにYouTubeなど動画共有サービスが勃興したことで大きな打撃を受け、その売り上げは1999年から2016年までに66%下落。今は、公式に楽曲のダウンロード販売が行われたり、ストリーミング配信が行われるようになりました。

これと同じように、論文においても、Sci-Hubで読める海賊版論文は著作権を侵害しているものであることは間違いありませんが、Sci-Hubを完全に閉鎖させることが非常に困難な状況である以上、現状こそが新たな「現実」であり、学術関連の出版社はこの現実と向き合わなければならない、というのがシェン氏の主張です。

経済誌・フォーブスは1995年の時点で、インターネットが普及することによって、コンピューターに習熟した学者たちや経費を削減したい司書たちは学術誌を回避するようになるのではないかという記事を書いていましたが、20年以上を経て、Sci-Hubなどの力により、その予想が現実のものとなるかもしれません。

Forbes Elsevier 1995

https://ja.scribd.com/doc/292346391/Forbes-Elsevier-1995