【極私的! 月報・青学陸上部】
■第2回

――関東インカレ。
 
 5月19日15時、青山学院大学陸上部の一色恭志(4年)、下田裕太(3年)、中村祐紀(3年)の3人が10000mに出場するために日産スタジアム内の大学指定の待機場所に現れた。レースのスタートは16時55分。すぐにマットの上でストレッチを始め、思い思いに体を解(ほぐ)していく。しばらくすると男子2部1500m決勝が始まった。青学からは茂木亮太(4年)、梶谷瑠哉(2年)、中村友哉(1年)が出場し、予選を突破していた。一色と下田はアップを中断し、レ−スの行方を注視している。3分50秒前後の勝負だが、茂木と中村は上位のままラスト1周になった。

「友哉、いけ−」
 
 下田が絶叫した。トラックを走る選手は最後の力を振り絞って、フィニッシュになだれ込む。

「えっ、何位だった」
 
 モニタ−画面をジッと見ている。

「おぉ−」

 下田は満足そうな笑みを見せて、またアップに戻った。茂木は2位、中村は5位、そして梶谷も7位入賞を果たした。

 関東インカレ(関東学生陸上競技対抗選手権)は、関東の中長距離選手にとって箱根駅伝と並ぶ2大イベントだ。大学は1部(16校)と2部(それ以外の大学)に長短距離種目などの総合得点で振り分けられているが、長距離種目でのレベルの差は1部と2部の間にそれほどない。実際、青学が属する2部には今年の箱根駅伝に出場した20校のうち、駒沢大学(箱根駅伝3位)、中央学院大学(同9位)、帝京大学(同10位)など全8校が入っている。

 青学は昨年2部3位となり、惜しくも1部昇格を逃した。今年は1部昇格が目標のひとつになるが、原晋監督は関東インカレという大会の重要性についてこう語る。

「この時期、記録会は毎月ありますが、ガチンコ勝負ができるのは箱根駅伝とインカレだけ。それに記録会の長距離は涼しいナイタ−が多いですし、今日がダメでもまた次と切り替えられますけど、インカレは一発勝負。大きな会場でお客さんが入っている中、日中に走って他大学の選手に勝たないといけない。プレッシャ−に打ち勝ち、レ−スの駆け引きができないと勝てない。タイムの速さだけではなく、精神的な強さが求められるんです。

 もちろん部内でも参加標準記録(男子10000mは29分30秒)を超えて、かつ勝てる強い選手が選ばれます。今回で言えば一色、下田、中村は青山のエ−ス。チ−ムの屋台骨とも言える選手なので他大学と勝負して、『青山、強いな』というのを示す。タイムよりも勝負にこだわる大会ですね」

 関東インカレは誰もが出たい大会だが、誰もが簡単に出場できる大会ではない。1種目3名しか出場できないので青学のように実力者が多いチ−ムにとっては、インカレ出場は箱根駅伝同様にかなり狭き門であり、出場する選手たちは自分たちの大学の誇りを持って戦わなければならないのだ。

 10000m出場のために招集所にいく時間となった。原監督は後ろから一色の両肩をもみ、「リラックスして走ってこい」と笑顔で声をかけた。一色は小さな笑みを浮かべて頷いた。運動会を走る子どもに声をかける父親のような監督流の優しい送り出しだ。

 待機場所やレ−ス終了後の選手をフォロ−するために庶務の小関一輝とともに忙しく動いていたのが安藤悠哉主将である。

 春前にアキレス腱を痛め、さらに梨状筋症候群になり、走ることができなかった。インカレの1週間前ぐらいから負荷のかかる練習を始めたが、まだ本格的に合流していない。そのため選手のサポ−トに撤している。

「ケガなので焦っても仕方ないですが、走れないと走っている選手を見れないですし、何か言うにも説得力を欠いてしまいます。だから、早く合流したいですね」
 
 走りたくても走れない、そんなもどかしさと悔しさが表情に浮かぶ。安藤は過去にならい部員たちに推挙されて、主将になった。箱根3連覇に向けてすでにチ−ム作りを始動しているが、同じ青学でも自らが走って初優勝を果たしたチ−ム、そして「過去最強」と言われた神野大地らが引っ張ったチ−ムと毎年カラ−がそれぞれ異なる。今年はどういうスタイルのチ−ムを目指しているのだろうか。

「初優勝したときのチ−ムは、本当にすべてが厳しかったんですが、昨年はそこまで厳しくなくて、自分のことは自分でやろうという感じだったんです。今年、僕が主将になってどういうチ−ムを作ろうかと4年生で話をした時、厳しくするのは簡単だけど、さらにレベルを上げていくには自主性が大事。厳しくいくところは厳しくするけど、ガチガチの厳しさではなく、柔軟性と自主性を持ったチ−ムにしていこうと決めました」

 例年、主将はチ−ムに新たな取り組みを導入している。たとえば昨年は掃除マニュアルを張り出すなど寮内の掃除、整理など生活面でのだらしなさを排除した。日常生活の態度が不遜ではレ−スに勝てないという監督の考えを具現化したものだ。今季、主将になった安藤はあることをスタートさせたという。

「僕が主将になって始めたのは、スタッフミ−ティングです。これは主将とマネージャー、1年から4年までの各学年の学年長、寮長が集まってチ−ムについて話すというものです。今までのチ−ムはあまりやっていなかったので、これからは月1回ぐらいのペースでやっていこうと思っています。4年生から見るチ−ムと1年生から見えるチ−ムは違うと思うので、そこで活発に意見交換をして、よりチ−ムを強くしたいと考えています」

 昔の体育会のように4年生は神様、1年生はゴミみたいな上下関係やありがちな上意下達はなく、4年生と1年生が同じテーブルで膝を突き合わせて話す。後輩が話をしやすい環境作りをして風通しをよくして、チ−ム力アップに反映していく狙いがあるのだ。
 
 原監督は「今年の1年生はみんな生命力がある。元気がよくて素晴らしい」と絶賛していたが、偉大な先輩がいる中でも萎縮せず、彼らが伸び伸びと練習できているのは安藤主将の取り組みによるところが大きい。

「今年、うちのテ−マが『個の色合わせて緑となれ』というんですけど、これは個人が自分で考えて成長していきつつ、駅伝になったときはひとつにまとまっていこうということです。昨年のチ−ムは『史上最強』と言われて、たしかに強すぎた感があるのですが、だからといって今年は戦力が落ちたわけじゃない。逆に強すぎた4年生が抜けたことで、今年は自分がという気持ちをみんな持っています。競い合っていいチ−ムができると思いますし、自分も復活できるように頑張ります」

 安藤は、そう言って丁寧に頭を下げて自分の仕事に戻っていった。安藤は2年の時、初優勝を飾った箱根駅伝で10区を走ったが、昨年の箱根駅伝は走れず、悔しい思いをした。大舞台を走った選手の気持ちと悔しい思いをした選手の気持ちを理解できるのは、上に立つ者として大きな強みになる。個性派かつ実力派揃いのチ−ムをひとつにまとめていくのは決して簡単ではないが、神野とは違ったキャプテンシ−でチ−ムをまとめ、より高みに導いてくれそうな気がする。

 10000mは残り3周というところで、トップ争いは中谷圭佑(駒沢大)と一色、鈴木健吾(神奈川大)の3人に絞られた。残り2周の時、中谷がペースを上げた。ここが勝負どころだが一色のペースが上がらない。まだ1周あるので余裕があるのか、それとも勝負どころを考えて我慢しているのか、よく分からないが差が縮まらない。
 
 いつ抜かすのか......。
 
 いつだ、いつだ。そんなことを思ってトラックを見ていたらそのまま中谷がゴールした(28分43秒96)。一色は原監督のいう「強さ」を見せるべきレ−スで勝てなかった(2位。28分45秒33)。下田は8位(29分14秒04)で4月のアシックスチャレンジ(29分31秒88)よりも若干タイムを上げたが、中村は一色らに周回遅れという屈辱で25位(30分09秒41)に終わった。

「だらしねぇレ−ス、よえぇ−」
 
 下田がくやしそうにつぶやく。
 
 中村は無言のまま荷物返却場所で青いビニ−ル袋に入っていたウエアを取り出し、着替えて静かにその場を後にした。

 ミックスゾ−ンでは1位の中谷が大勢の記者に取り囲まれている。2位に終わった一色は苦笑いを浮かべて、一時ク−ルダウンのためにミックスゾ−ンから姿を消した。残念なレ−ス展開だったが、絶対的なエ−スに何が起きたのだろうか。

(つづく)

佐藤 俊●取材・文 text by Sato Shun