「Hello~, Cutie♪」(こんにちは、かわいこちゃん)。ここを訪れた人はそう言いながら、まるで赤ん坊に話しかけるようにして猫たちと戯れる。ニューヨーク市内3店舗目となる猫カフェ「Little Lions」(リトルライオンズ)がマンハッタンのオシャレなSOHOエリアにオープンしたのは今年2月。

オーナーは33歳のアメリカ人女性、エリン・マックシェーンさん。彼女は何を隠そう、本業はテクノロジー系企業の会社員で、もともとはGoogleで働いたこともあるビジネスウーマンです。大の猫好きが興じて、会社員をしながらこの猫カフェまでオープンしてしまったといいます。そんな二足のわらじを履くエリンさんに、アメリカでの新しい起業スタイルや副業についてうかがいました。


Erin Mcshane(エリン・マックシェーン)
アメリカ人起業家、会社員。大学卒業後にコンピュータ系企業に就職し、Google本社に転職。2010年までの4年間、プロジェクトマネージャーとして在籍。Guilt勤務を経て2014年9月、Bonobos(2007年ニューヨークで創業した男性用ファッションのeコマース)に入社、プロダクトマネージャーとして勤務。今年に入って取得した2カ月の長期休暇(バケーション)中に起業、2月にニューヨーク市内で3店舗目となる猫カフェ「Little Lions」をオープンした。サンディエゴ出身、ニューヨーク在住。

動物保護施設での経験をもとに猫カフェ開業を思いつく


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飲食店経営とIT系企業の会社員という二足のわらじを履く、エリン・マックシェーンさん。


── ニューヨークで3店舗目となる猫カフェ「Little Lions」をオープンして3カ月ほどになりますね。どういうコンセプトのお店なのですか?

エリン:通常の猫カフェと同じように、ここに来ればコーヒーやお茶を飲みながら、猫たちと触れ合うことができます。うちはそれに加えて特に力を入れているのは、猫の里親探しです。Best Friendsという里親探しの動物協会と提携していて、もらい手が見つかったらまた次の猫をここに連れて来ます。オープン以降トータルで25匹の子猫に里親が見つかりました。


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猫のサンクチュアリー的空間「Little Lions」。入店料は30分で6ドル、1時間で11ドル。


── 猫カフェをオープンするに至ったきっかけは?

エリン:私はもともと西海岸出身で、サンフランシスコのGoogleの本社で働いていました。ニューヨーク支社で夏の間に働く機会があり、この街に魅了されて2010年にこちらに引っ越し、その後退職しました。

ある時、アニマルシェルターでボランティアのお仕事をするきっかけがあったのですが、そこで動物にとって劣悪な環境を目の当たりにしました。この大都市では収容される動物が多過ぎて、ケージは万年不足気味。ケージがあったらあったですごく狭い。おまけに引き取り手がいなければ安楽死が待っているのです。

私は猫がいる家で育った大の猫好きです。今もニューヨークのアパートで3匹の猫の里親になって一緒に住んでおり、アニマルシェルターでの経験から自分なりに何とかできないかと考え、猫カフェをオープンすることを思いついたんです。


会社員としてテック系企業に在籍しながら起業


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猫カフェは台湾が発祥、日本が火付け役で、現在世界中でブームとなっているがニューヨークにはまだ3店舗しかない。「ロンドンの猫カフェには行ったことがある。いつか日本にも行きたいな」。


── エリンさんは実はテック系企業の会社員なのですよね?

エリン:そうです。男性用ファッションのEコマース企業「Bonobos」で2014年から働いています。Bonobosは本社がニューヨークにあり、全米に21のガイドショップを持ちます。ウェブサイトではスーツからデニム、シャツ、水着、ファッション小物までメンズトータルファッションを扱っており、気になる商品があれば実際にガイドショップで試着できるというシステムです。

私はこの本社オフィスで、プロダクトマネージャーをしています。仕事は主に、ウェブサイトのインターナル(社内)システムに関することです。ウェブサイトの機能面においてユーザーエクスピリエンスやデザインのことを考えたり改善したり、またインターナル・ステークホルダー(社内プロジュエクトについて担当している部署)たちと一緒に、運営や会計において、より使いやすいシステムに改善することも任務の1つです。


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エリンさんがプロダクトマネージャーとして働く、男性用ファッションのEコマース「Bonobos」。2007年創業で現在従業員数200人、全米に21拠点のガイドショップを持つ。


── 働きながらお店をオープンしたのですか?

エリン:働きながら開業というのは語弊があるかもしれません。体調を悪くしたこともあり2カ月のまとまったお休みを申請したところそれが許可されてお休みをいただいたので、実際にはその休職期間=バケーションを利用しました。ですので、「本職がありながら開業した」と言うほうが適切ですね。

── そのバケーションの期間はいつ?

エリン:2016年2月上旬から4月末まで2カ月少しです。お店は2月にオープンしました。



雇用主・従業員の双方にメリットがある「無制限休暇制度」がテック系のトレンド


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「猫のいない人生は考えられない!」」と言うほど大の猫好きのエリンさん。仕事中も猫について利用客と話しだすと自然と笑みがこぼれる。


── アメリカではバケーションは2カ月くらい簡単に取れるものなのですか?

エリン:それぞれの会社の規定によって異なりますが、Bonobosでは「アンリミテッドバケーション」(無制限休暇)制度を採用しています。これは所属する部署のマネージャーの承認が取れさえすれば、何日でも休みを取っていいというものです。

── すごい制度ですね! たとえば極端な話、6カ月休暇も可能なんですか?

エリン:マネージャーの承認が取れさえすれば可能だとは思いますが、おそらく6カ月ものお休みでも問題ないとなると、もはや会社側はあなたを必要な人材とは捉えていないということになるでしょう(笑)。Bonobosでは一般的に、たとえば数日お休みしてまた少し経ってからお休みして、夏にまとめて休暇を取って...というのが多いかな。

── こういう日数制限のない有給休暇はアメリカで一般的なんですか?

エリン:テック系の割と新しい企業を中心に採用されていると思います。以前働いたGuiltでもそうでしたし、ほかにLinkedInやEvernoteもそうだと思います。

このアンリミテッドバケーション制度というのは、従業員にとってもちろん魅力的ですが、企業側にもメリットがあるんです。たとえば、この制度を会社の魅力としてアピールができ、離職を防ぐ効果があると言われています。特にテック系において素晴らしい才能や経験豊富な人材は限られており、企業同士の取り合いですからね。

また、そのようなフレキシブルな休暇制度というのは、事前に決められた一般的な有給休暇制度より、バケーションライアビリティ(有給休暇の債務)を免除できるメリットがあります。無制限休暇制度を採用している企業では、もしその従業員が退職もしくは従業員をレイオフした場合に、使わなかった有給休暇分の支払いをする必要がないので、お金を節約できるメリットがあるのです。

Bonobosでは、アンリミテッドバケーション制度を利用して休暇をもらうにはマネージャーの承認が必要になってくるので、その承認さえ降りれば長期休暇を取得することが可能です。私ははじめのころ、実は少し体調的な理由もあって休暇の申請をした結果、マネージャーが承認してくれて長期休暇をもらえるに至りました。


責任の重いオーナー業から本職に戻るとリフレッシュした気分に


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猫のモチーフなどがインテリアに取り込まれた落ち着いた店内。ニューヨーク市衛生局の規定で、飲食スペースと猫スペースを隔てなければならないので、ドリンクや軽食は隣のカフェで注文するシステム。


── そのバケーションを終え、職場復帰したのはいつですか。

エリン:2016年4月28日です。

── 本職に戻ってどんな気持ちですか?

エリン:リフレッシュした気分です。職場での責任という面でも、自分が代表の猫カフェに比べると会社員はより軽いですから。

── 2つの仕事をどんなスケジュールでこなしているのですか?

エリン:平日はみんなより少し早く出社し、朝7時から午後4時までBonobosで働いています。その後に猫カフェに移動して、午後4時30分ごろから閉店の8時までそこで働きます。掃除などをして帰路につくのは毎日午後8時30分ごろです。週末は朝から夜までずっとお店にいます。

店にいないときも実は働いていて、自宅では商品の発注や会計、ペイロール(給料の支払い)など事務作業が待っています。

── 事務作業もご自身で!

エリン:大学で経済学を勉強し、卒業後に就職したコンピュータ系の企業で必要な経費について分析するコストアナリストとして働いた経験があり、財務や会計のことが少しわかるのです。大企業だと無理ですが、うちぐらいの規模だとこれくらいは自分でやれますから。

── ということは、休日も休憩もなく働き続けているということですか!?

エリン:今はそうですね...(苦笑)。オープン当初とBonobos復職時は両親がカリフォルニアから手伝いに来てくれていたのですが、今は私とスタッフ数名で運営しているので休みはないですね。ただ、マネージャー候補者のメドがなんとなくたってきたので、この過酷な日々も数週間の辛抱だと思っています。


起業に寛大なのは、若いテック系スタートアップという土壌ゆえ


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どの猫も穏やか。「たくさんの人に触られることは猫にとってストレスなので、猫10匹に対して入場者数は15人までにしているの」とエリンさん。入店には事前予約を推奨しているが、空きがある限り予約なしでも入店できる。


── 日本では、会社員が副業を持つことが社会的に認められていない風潮なのですが、アメリカでは普通ですか? たとえば、会社員をしながら週末はバーテンダーやDJをしている人などをたまに聞いたりしますが。

エリン:確かにそういう人もいますね。昼間にテクニカルな仕事をしていて、サイドジョブとして週末や夜間にアーティスティックな活動とかね。でも私の周りで2つの仕事を持っている人はいないです。特に私みたいに会社員をしながら別の会社を創業した人は私の知り合いには皆無なので、普通か普通でないかと聞かれれば普通ではないと思います。

伝統的な大企業で働いていたらほぼ無理だったでしょうが、私のこういう状況が許されているのは、働いている業界がテック系のスタートアップというのは大きいと思います。Bonobosは創業から10年弱の比較的若い会社で、現在37歳のCEOはこの会社を20代でスタートしました。スタッフもみな新しいマインドを持った人が多いので、本職のパフォーマンスに影響がなく、また2つ目の仕事が同業種でなければ、副業を持つことを寛大に見てもらえる傾向にあると思います。

── 職場の人は、エリンさんが創業したことについて何と言っていますか?

エリン:最初に猫カフェを思いついたのは2013年ごろで、私は「Guilt」でストラテジー・プロジェクトマネージャーとして働いていました。上司にそれとなく話すと「いい案だ」と応援してくれました。そして2014年4月、Little Lions, LLCとして法人登記しました。

オープンに辿り着くまでは、仕事が終わった後に開業資金などを集めるための作業をしたり店舗の場所を探したりしていたのですが、少しずつやっていたのでそんなに大変ではなかったです。そしてその間に私は今のBonobosに転職しました。ここでも自分の夢について徐々に周りに知られることになりましたが、自然に受け入れてもらえました。

4月末にはバケーションを終え職場復帰したわけですが、温かく迎え入れてもらえました。特に、デスクが近い同僚の1人はこのLittle LionsがあるSOHOから近いチャイナタウンに住んでいるので、「今度週末にお店に遊びにおいでよ」と招待したところです。

── もし、今の会社が副業を禁止していたとしたらどうしたと思いますか?

エリン:う〜ん、どうでしょう。私はBonobosでの仕事に不満を持っているわけではないので考えたくないですが、もしそうだったとしたら...おそらく会社を辞めることを選んだでしょう。ニューヨークにはたくさんのテック系スタートアップがあり、辞めたとしてもほかに就職先が見つかるでしょうから。

── ニューヨークは家賃や人件費などが高いので莫大な開業資金が必要だったと思うのですが、それはどう捻出したのですか?

エリン:2014年10月ごろ、クラウドファウンディングを利用して2カ月で6万5000ドル(約716万円)を調達しました。しかしそれだけでは到底足りないので、自分の貯金を費やし、そして残りは借金をしています。



オーナーとして最大のチャレンジングなことは人の採用


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スタッフと談笑するエリンさん。スタッフもみんな猫好き!


── 2つの仕事を持つことは本当に大変だと思いますが、エリンさんにとって具体的にどういうところが特に大変ですか?

エリン:まずは、とにかく自分の時間がないということですね。たまにはヨガやジムでエクササイズしたり映画にも行きたいですが、今はオープンから間もないので自由な時間がまったく取れません。マネージャーが見つかればこの多忙なスケジュールを少しステップバックして、時間を確保できると思っています。

それから、課された責任が大きいということも大変なことです。特に猫カフェの方は私はオーナーですから、毎月の店の家賃やスタッフの給料など支払い関係でものすごく大きな責任を背負っています。

また、店をやっていく上でおそらく最大のチャレンジは人の採用でしょう。人を雇ってトレーニングして信用できるスタッフに育て上げても、すぐに辞められたり...。実は私が体調を崩していたオープン前からずっと支えてくれた素晴らしいマネージャーがいたのですが、彼女にも夢があり、最近その夢を実現するためにここを離れていったのです。私はもちろん彼女の夢を応援していますが店にとっては必要な存在だったので、そういう意味では複雑な思いも確かにありました。


あえていばらの道を選ぶ、そのワケとは


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本職の上司がエリンさんの起業に寛大なのは、元Googleでの経歴も含めいわゆる「やり手」のキャリアウーマンであり、失いたくない才能であり、そして彼女が本職を抜かりなくやっているからにほかならないだろう。


── 大変なのに2つの仕事をやり続ける、その理由は?

エリン:私の周りもみんな「なんで?」と、大変な方向に進んでいくことについて疑問を投げかけてきます。他人から見たらそうでしょうね。でも、私にとってこの猫カフェをオープンすることは夢だったんです。開業のプロセスは大変でしたが、メニューやインテリアを考えたりそういうクリエーションの部分はすごく楽しんでやれました。そして無事に店がオープンし、猫が里親にもらわれていったり、お客さんがここに来てくれて喜んでいる姿を見ると救われます。

それに、この「いつも仕事でとても忙しい」という生活スタイルはこれまでもずっとそうでしたし、これからも自分の性に合っているような気がします。もちろんストレスは付いてまわりますが、それでも自分にとっては、何もやることがない、もしくは何をやっていいのか分からずただ机に座っているよりずっとマシです。

何より、今は店がオープンしたてで資金面も安定しているわけではありません。先ほども言いましたが私にはオーナーとしての責任がありますから、毎月の安定した収入を得るために本職を辞めるわけにはいきません。

とは言え、やっぱり休日は欲しいですね(苦笑)。マネージャー候補が見つかるであろう、あと数週間の辛抱だと思うので、がんばって乗り切ります!

── 副業を持つことや会社員をしながら創業することを、日本の読者にもおすすめしたいですか?

エリン:もし、何かにチャレンジしてみたいという強いパッションがあるのならおすすめします。多くの人は「やったこと」より「やっていない」ことに後悔しますから。もちろん、先ほども言いましたが、2つの仕事を持つことはとてもハードで疲れることで、こんなにストレスフルなのは私が選んでいるからに他なりません。でも自分でそれをどう捉えるかによるのかなと思います。

私の場合2つとも業種が違うし、自分の与えられた職務、責任もまったく違うので、いいバランスだと思っています。頭の中でいつも一つのことにフォーカスする必要がなく、それぞれ脳の違う部分を使っているので、いろんなことをやりたい人にはいいでしょう。

創業や開業に関して言えば、雇用する側に立つと学びもたくさんあるものですよ。そして、会社員としての本職があれば、創業した会社なり店の成功についてがんじがらめに頭を痛める必要もありません。もちろん創業したからには成功したいと思うのは当たり前のことですが、たとえばもしこの猫カフェの運営がうまくいかなくなったとしても、本職を持っていれば基本的な衣食住の心配をする必要はありません。

創業する際、自分1人でやっていくことに不安な人はビジネスパートナーを持つことをおすすめします。私は昔から、可能か不可能かに関わらず「何でもお茶の子さいさい」と思ってしまう性格で、両親の助けもあり1人でここまでやってこれたのですが、オーナーはなんだかんだで難しい選択を迫られることが多々あります。そのときにビジネスの相談相手がいるのといないのとでは雲泥の差でしょう。



私も日々忙しい毎日ですが、Little Lionsでかわいい猫たちと接すると慌ただしい生活から一瞬解放され、優しい気持ちになってとても癒されました。そして、大都会ニューヨークで自分の夢や人生にひたむきに向き合うエリンさんの生き方に刺激を受けました。陰ながら、彼女やその活動をこれからも応援していきたいです。


(文・写真/安部かすみ)