U−23日本代表が出場していたトゥーロン国際トーナメントは、グループリーグの全日程が終了。日本は最終戦でイングランドに0−1で敗れ、通算成績1勝3敗の勝ち点3でグループB(全5カ国)の4位に終わった。

 過去に何度も、この大会に出場する日本の年代別代表を見てきたが、正直、ここまで酷い試合が最初から最後まで繰り返された例は、他に記憶がない。

 2008年以降は、U−23日本代表がオリンピックイヤーに出場するのが恒例となっているが、北京五輪、ロンドン五輪当時と比べても収穫の少ない大会だった。

 単に、1勝3敗という数字だけの話ではない。むしろ同じような内容の試合を繰り返し、3つも負けたことのほうが問題だ。

 日本は4試合戦い、唯一勝てたのは、0勝4敗3得点14失点でグループ最下位となったギニアだけ。試合ごとの成長もさして感じられず、目の前の試合を不思議なほど淡々とこなしていた。

 だからこそ、決して勝てないことはない相手(というより、勝ってしかるべき相手)に3敗も喫したのである。

 日本は敗れた3試合、すべて22分までに先制点を許している。序盤から相手にペースを握られて先に失点。リードされてからはボールポゼッションも高まり、攻勢に試合を進めてチャンスを作るが、結局は追いつけず(追いついても、再び勝ち越され)、負けてしまう。判で押したように、同じような試合を繰り返した。

「(ビハインドを)追う展開はパワーがいる。そういう展開でサッカーをさせられる大会になったのは、『体力を使え』(という課題を与えられている)ということ。1点ビハインドで常に追いかけるサッカーをしたのは、それが我々に必要だったからだな、と思う」

 手倉森誠監督はあくまでもポジテティブに今大会をそう捉えていたが、言い換えれば、そう言うしかなかったということでもある。

 失点してから目が覚めたのでは遅い。それは過去、いろんな年代の日本代表が世界の舞台で思い知らされてきた教訓だ。負けたにもかかわらず、リードされてから好転した(ように見える)試合内容を、ポジティブにとらえるのは危ういことだと、過去の歴史が教えている。

 しかも、1試合だけならともかく、3試合も繰り返されたのだから、指揮官の「本番になったら(先制点を)許さなければいい」という言葉も、簡単にはうなずけない。

 とはいえ、元をただせば、アジア最終予選で3位以内に入り、リオ五輪に出場することが難しいと思われていたチームである。

 このレベルの相手になれば、苦戦するのは当然。しかも、本来なら主力となるべき、遠藤航や久保裕也を欠き、大会初戦でいきなり岩波拓也、亀川諒史をケガで失った。そんな状況下で試合をしているのだから、結果はもちろん、内容についてもあれこれ言っても仕方がないのかもしれない。

 幸いなことに、これはまだリオ五輪本番ではない。

「個人個人が世界で戦う覚悟はあるか。それは負けたから芽生えるものだなと思う。たぶん勝っていたら、これでいいんだと思うヤツも半分くらいいたかもしれない。だから、負けさせてもらったのだろう」

 手倉森監督もそう語り、今大会での負けが今後の成長のきっかけになることに期待する。

 実際、過去の五輪ではこの大会をきっかけにチームには大きな変化が起きた。

 4年前のロンドン五輪では、ボールポゼッションを高めて攻撃を組み立てるスタイルから、ハイプレスを軸とした堅守速攻に戦術が切り替わった。

 また、8年前の北京五輪では、登録メンバーが前年のアジア最終予選から大きく入れ替わることになった。

 北京五輪当時、U−23日本代表を率いた反町康治監督は、苦しい最終予選を戦い抜いたメンバーを「計算できる選手」と呼び、信頼を寄せていたが、結果的に彼らの多くを外し、「世界と戦えるかどうか」を基準に選手を入れ替えた。当時、反町監督は「トゥーロンがなければ、こんなにメンバーは変わらなかった」と語っていた。

 今大会で得た経験は間違いなく大きなものだ。特にこの世代はU−20ワールドカップに出場した選手がひとりもおらず、アジア外での国際経験に乏しい。だからこそ、こうした経験は彼らにとって重要であり、大きく成長するきっかけとなる可能性は十分にある。

 対戦相手のしたたかさやずる賢さを味わい、ちょっとしたスキを突かれただけで負けてしまうことがあると、彼らは初めて知った。手倉森監督が「ピッチ内で体感したことが彼らを高める」と話す言葉の通りである。

 それはJリーグを戦っているだけでは、あるいは、アジア予選を戦っているだけでは感じることのできないものだ。今大会では南米、アフリカ、ヨーロッパと、タイプの異なるチームとまんべんなく対戦できたこともよかった。

 問題は、今大会の結果を受けて、監督や選手が本当の危機感を持てるかどうかだ。

 北京五輪のときも、ロンドン五輪のときも、当時のU−23日本代表はトゥーロンの地で、相手との力の差をまざまざと見せつけられる試合を経験した。相手のすばやい攻撃に後手を踏み、どう対応していいか分からなくなるほど、窮地に陥る経験をしたのだ。

 選手たちの口からは、素直に弱音がこぼれた。だからこそ、彼らは危機感を持った。このままでは自分たちは通用しないと、身に染みて感じることができた。

 しかし、今回は違う。

 1勝しかできなかった結果とは裏腹に、ほとんどの試合である程度のシュートチャンスが作れ、攻勢に立つ時間も長かった。どうにも対応しようがないほど、鋭い相手の攻めに手を焼くことも少なかった。

 実際、選手からは試合後も、「決めるところを決めていれば勝てていた」といったコメントが数多く聞かれ、「世界との差を突きつけられた」といった雰囲気は感じられなかった。その結果、同じような試合がずっと繰り返され、3敗を喫したと言ってもいい。

 ここでの経験を生かすも殺すも、監督、そして選手たち次第である。

 今年1月、カタール・ドーハで激闘が繰り広げられていた当時、彼らには鬼気迫る迫力があった。絶対に負けられないとボールに食らいつく執念があった。

 だからこそ、戦前の低評価を覆し、彼らはアジアの頂点に立てた。

 このまま意識が変わらずリオ五輪に臨むようなら、待ち受けているのは2年前のワールドカップに続く、ブラジルでの惨劇である。

 南仏に吹く、心地よいさわやかな風とは似ても似つかない、つらく厳しい洗礼を受けたU−23日本代表。トゥーロンでの経験が、およそ半年前の"熱"を思い出させてくれるきっかけになることを望みたい。

浅田真樹●取材・文 text by Asada Masaki