2017年4月に予定していた消費税の10%への引き上げ時期が19年10月まで2年半延期される見通しとなった。財政健全化目標の達成が不可能になるため市場の信認を失う恐れもある。海外格付け会社も日本の国債格付けを引き下げに動くと見られる。写真は日銀。

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2016年5月28日、安倍晋三首相は、17年4月に予定していた消費税の10%への引き上げ時期を19年10月まで2年半延期する方針を麻生太郎副総理兼財務相らに伝えた。安倍政権としては7月の参院選に勝利するために円安・株高の流れに戻したいところだが、マーケットでは消費税増税先送りは既に織り込み済み。先進国で最悪レベルの日本の債務残高を軽減するための財政健全化目標の達成が不可能になるため市場の信認を失う恐れもあり、海外の格付け会社も日本の国債格付けを引き下げに動くと見られる。安倍政権の経済政策「アベノミクス」の行き詰まりが改めて露呈した格好だ。

安倍首相は「リーマンショック級のリスク」に直面していることを、消費増税再延期の理由に挙げている。先のG7伊勢志摩サミットで首相が指摘したところ、多くの首脳がこの現状認識に賛同しなかった。海外では米国が利上げ時期を模索しているほか、原油価格は底入れ基調が鮮明。最大の懸念材料だった中国の経済状況や原油価格の下落も底入れしつつあり、08年のリーマンショック時に混乱した欧米の金融システムも安定している。

このところ政府日銀は景気の現状について「緩やかに回復基調にある」と繰り返しており、首相発言の唐突感は否めない。市場の安定には、政府日銀の政策への信頼が欠かせないが、今回の勇み足的な「危機」の強調は、この信頼を揺るがすことともなりかねない。

20年度に政策経費を税収などでどれだけ賄えるかを示すプライマリーバランス(基礎的財政収支)を黒字化する財政健全化目標の実現も困難になる。内閣府の試算によると、国・地方を合わせた20年度の基礎的財政収支は、高成長が続く「経済再生ケース」でも6.5兆円の赤字。試算は17年4月の消費税再増税が前提で、税率2%分で消費税収が5兆〜6兆円程度増えると見込まれていた。再増税先送りにより財政はさらに悪化してしまう。財政再建目標の未達成は市場の信認を失いかねない。

◆際立つ日本の低成長

米格付け会社のムーディーズは今年3月に「再増税延期による財政への不安は大きいものになる」と厳しいコメントを示し、国債格下げの可能性を示唆した。現在、日本国債格付けは「Aプラス」もしくは「A」である。消費税増税先送りになった場合、日本の財政規律が不透明で不確実なままでは、最悪の場合、2段階格下げされ「Aマイナス」となる可能性がある。その場合、日本の民間企業の発行する債券格付けの上限が「Aマイナス」となり、銀行や企業はCP(コマーシャルペーパー)や短期資金の調達が困難になる恐れもある。

アベノミクスでは、デフレ脱却に向けた大胆な金融緩和、機動的な財政政策、民間需要を喚起する成長戦略の「3本の矢」で経済の好循環の実現を目指した。アベノミクスが志向した「富める者が富めば貧困層にも恩恵が及ぶ」という「トリクルダウン」は起きなかった。非正規や中小企業の労働者の賃金が思うように上がらず、貧富の格差は広がるばかり。しかし、実質GDP(国内総生産)は、14年度0.9%減、15年度0.8%増と政府目標の実質2%成長に達していない。米国が2%台、欧州各国でも1%台の成長を確保しており、日本の低迷が際立つ。

アベノミクスの一枚看板である「円安株高」の流れも逆流。経済学者や国民の間から「アベノミクスは失敗」との指摘が高まっている。政府は財政規律を保ちながらどのようにこれ以上の財政出動を可能にするのか。一歩踏み誤れば、民間企業の世界との競争力にマイナスの影響を与える恐れもある。

◆大平首相の戒め

約1050兆円というGDPの2倍以上の財政赤字は、潜在成長率のアップや徹底した歳出削減、増税で解消するのが真っ当な方策だが、人口減少と景気低迷が続く日本ではハードルが高い。増税は国民に嫌われるため、強い政治力も必要となる。そこで為政者が誘惑に駆られるのが「調整インフレによる赤字解消」である。大平正芳元首相は蔵相時代の1975年、筆者に「増税も歳出削減もできない中、財政赤字をなくすために為政者が陥りやすい安易な方法はインフレ。最大の借金を持つ国が最大の恩恵を受けるので誘惑に駆られやすい。ただ年金生活者や低所得者は困窮してしまう」と戒めの弁を語っていた。

蔵相時代に初の赤字国債発行を余儀なくされた悔悟の念からだろう。大平氏は首相になって「一般消費税導入」をぶち上げたが、道半ばで倒れた。大戦後の日本や西独での超インフレなど国の巨額債務を帳消しにした例は多い。政府日銀には、景気回復とハイパーインフレ防止の二兎を追うぎりぎりの綱渡り的な政策が求められる。(八牧浩行)