ピストンが3つずつ向かい合う「水平対向6気筒エンジン」。ピストンは筒状のシリンダー内部に入っている(写真出典:富士重工業)。

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2016年5月、スバルの「水平対向エンジン」が発売50周年を迎えました。世界の自動車メーカーでも採用はまれなこのエンジンを、なぜスバルは選択し、こだわり続けているのでしょうか。そこには現在、同社が好調な理由も見えてきそうです。

そもそも「水平対向エンジン」とは?

 2016年5月14日(土)、スバルの「水平対向エンジン」が発売50周年を迎えました。

 スバルは1966(昭和41)年5月14日発売の「スバル1000」へ水平対向エンジンを搭載して以来、これまでの50年間、同エンジンを作り続けてきました。現在、同社で生産されるクルマにはすべて水平対向エンジンが搭載されており、これまで1600万台もの同エンジンが世に送り出されています。まさに“スバルのアイデンティティ”とも呼べるエンジンです。

水平対向エンジン」は、ガソリンを燃やすシリンダーが水平に寝ており、それが左右一対で向かい合うという方式。シリンダー(燃焼室)はエンジンにとって最も重要なパーツで、缶ジュースのような円筒形のため「気筒」と呼ばれます。シリンダーひとつであれば「単気筒」、4本なら「4気筒エンジン」です。

 そしてこのシリンダーを、商品棚のドリンク缶のようにまっすぐ1列に並べたものが「直列エンジン」、前から見てV字状に並べたものが「V型エンジン」、水平に寝かせて左右向かい合うように並べたものが、世界の主要な自動車メーカーでスバルとポルシェしか作っていない「水平対向エンジン」です。たとえば、気筒数が4でそれがまっすぐ並んでいれば、軽自動車から排気量2000cc程度のクルマで一般的な「直列4気筒エンジン」になります。

 この水平対向エンジンは、ほかの形式と比べると上下に低いのが特徴です。低いので重心も当然、低くなります。また、シリンダー内でガソリンなどが燃えたときに生まれる振動を左右で打ち消しあう格好のため、振動が少ないという利点もあります。

 一方、短所としては、エンジンの左右幅が大きく、タイヤを左右に動かせるスペースが少なくなるため、タイヤの切れ角を大きくとりづらい、つまり駐車やUターンなどが苦手になる傾向があります。しかも、その傾向はエンジン用スペースの狭い小さなクルマほど強く、よって小型車の利点である取り回しのよさはいまいち発揮できなくなりがちです。

 そうした長所と短所があるなか、なぜスバルは小型車の「スバル1000」に水平対向エンジンを採用し、そして同エンジンをいまもなお作り続けているのでしょうか。

スバル、「水平対向」を選んだワケ

 その答えは、『富士重工業 技術人間史 スバルを生んだ技術者たち』(富士重工業株式会社編集委員会編/三樹書房)から探すことができました。

 スバルが最初に水平対向エンジンを搭載したのは1966(昭和41)年登場の「スバル1000」ですが、水平対向エンジン搭載の方針は、それ以前にありました。スバルは1958(昭和33)年に発売した「スバル360」の成功で軽自動車メーカーとしての基盤を固め、1960年代初頭になると、次なるステップとして小型乗用車への挑戦を開始します。それが「A-5」というクルマのプロジェクトです。この新しいクルマの内容をどうするのかで社内では喧喧諤々の討論が行われ、その結果、水平対向エンジンが採用されました。

 同書では、採用の理由について「振動が少ないこと」「オーバーハングが少ないこと」とあります。「オーバーハング」とは、前輪よりもエンジンが前にはみ出す部分です。それが当時のスタンダードであった直列エンジンの縦置き(エンジンが取るスペースがクルマの前後方向に長くなりやすい)よりも少ないというわけです。

 では、エンジン横置き(エンジンが取るスペースが車の左右方向に長くなりやすい)の直列4気筒はというと、「『ミニ』(イギリスのBMC社が1959年に発売した小型大衆車)と同じシステムなので興味がない」とか。開発者は「ユーザーがエンジンルームをひと目見るだけで、はっきりと斬新なシステムだと理解できるもの」にしたかったというのです。

 ちなみに「A-5」は、エンジンを前に置いて前輪を駆動するという「フロントドライブ方式」(FF)を採用しました。当時はエンジンを前に置いて後輪を駆動する方式(FR)が主流でしたから、この点も相当に斬新です。

 この「A-5」が商品化されることはありませんでしたが、その検討や経験は次のプロジェクトに生かされます。それが前述の「スバル1000」です。そして「スバル1000」はヒット作となり、スバルが乗用車市場へ参入する足がかりになりました。

 スバルが水平対向エンジンにこだわる“もうひとつの理由”は、生産面の都合にあると私(鈴木ケンイチ:モータージャーナリスト)は考えます。

 水平対向エンジンはシリンダーが個性的に配列されたエンジンです。そのため普通の直列エンジンとはボディへの取り付け方が異なります。そして、クルマのボディも水平対向エンジン用であることが求められます。しかし、スバルは他社に比べ規模の小さなメーカーですから、ボディの基礎となるプラットフォームを数多く用意できません。「インプレッサ」も「フォレスター」も「レガシィ」も、同じプラットフォームを使っています。水平対向エンジン以外の形式のエンジンを使いたいなら、プラットフォームも別に用意しなければならないのです。

 またエンジン工場としても、同じ水平対向エンジンだけを作るほうが効率的です。

 そうした生産の効率面で見れば、スバルが水平対向エンジンにこだわるのも納得というわけです。自動車生産はビジネスですからね。

苦渋の「サンバー」 その代わりにスバルが得たもの

 かつてスバルは水平対向エンジンのほか、一般的な直列4気筒エンジンも生産していました。軽自動車用です。ところが規模の小さいメーカーであるため、乗用車と軽自動車の両方を開発・生産するのは正直なところ辛かったようで、1980〜2000年代までのスバルはあまり儲かっているとはいえませんでした。

 そこでスバルは2012年に軽自動車を諦めて、水平対向エンジンの普通車へ集中することにします。スバルの原点は、軽自動車の「スバル360」や1961(昭和36)年発売の軽商用車「サンバー」ですから、それを諦めるのは、まさに苦渋の決断だったことでしょう。そして、スバルで販売する軽自動車はダイハツからのOEMに切り替えられました。いまの「サンバー」はダイハツ製なんですね。

 しかし、その選択と集中が功を奏します。2011年に439億5900万円だったスバルの営業利益は、2012年に1204億1100万円、2013年に3264億8900万円、2014年は4230億4500万円と飛躍的に伸びました。大きな理由は北米市場における販売の好調さですが、これをもたらした根底には、やはりスバルの「選択と集中」という経営判断があるでしょう。

 そして2016年5月12日、スバルは水平対向エンジン50周年へあわせるかのように、社名を2017年度より「富士重工業」から「スバル」へ変更すると発表しました。「スバル」は「富士重工業株式会社」の自動車製造部門におけるブランドです。

「富士重工業」の名は、会社創立の1953(昭和28)年より使用していた由緒あるもの。それをすっぱりと切り替える思い切りの良さ、それこそが現在、スバルが好調な理由ではないでしょうか。