一度あきらめても夢はかなう。それがプロレス『プロレスという生き方』

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「1万試合を見てきた女」「世界で唯一の女性プロレスキャスター」である三田佐代子さんの初の著書『プロレスという生き方──平成のリングの主役たち』発売記念インタビューの後編をお送りします。三田さんに、今見ておくべきプロレス団体とは? 今注目のプロレスラーは? そしてプロレスの持っている「凄さ」の正体について、じっくりお話を伺いました。
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──今はプロレスと一口に言っても、オーソドックスなプロレスもあれば、ガラスや画鋲を使った凄絶なデスマッチ、本屋や電車の中で行われる路上プロレスなど、さまざまな団体や興行、試合があります。前回はその幅の広さがプロレスの豊かさであるというお話を伺いましたが、あらためて三田さんが読者の方に「今見ておくべきプロレス」を勧めるとしたら何になるのでしょう?

三田 もし初めてプロレスを見る方でしたら、新日本プロレスの後楽園ホール大会をお勧めします。後楽園ホールは2000人ほど入る会場ですが、想像以上に選手との距離が近く、プロレスのライブ感や会場の一体感を一番良く感じられる場所なんですね。お客さんがたくさん入っている新日本の後楽園ホール大会は、プロレスの入口として最適だと思います。

──たしかに、会場はすごい盛り上がりですからね。

三田 それに、新日本ならどこかで見たことある選手が1人はいるんですよ。バラエティーにも顔を出す棚橋弘至選手や、テレビでスイーツを食べている真壁刀義選手もきっと顔を見ればわかるでしょう。後楽園ホールなら、カードゲームのCMに出ているオカダ・カズチカ選手が実はものすごく体が大きかったり、とんでもない高さのドロップキックを放ったりするという、プロレスの身体性にも気づいてもらえると思います。

──新日本プロレス以外を挙げるとすると?


三田 大日本プロレスとDDTですね。大日本の名物は、凶器をふんだんに使ったデスマッチと肉弾相打つストロングスタイル。デスマッチは本当に痛そうなので思わず目を伏せたくなりますが、かつてのように遺恨を清算するためにデスマッチをやっているのではなく、戦いの延長にあるデスマッチなので意外と後味はさわやかなんです。帰りは血まみれの選手がお客さんをお見送りしてくれますよ(笑)。
一方、DDTを見れば、「プロレスでこんなに面白いことをしているんだ」ということがよくわかると思います。『水曜日のダウンタウン』に出演したスーパー・ササダンゴ・マシン選手もDDTの所属です。

──かつてはマッスル坂井という名前で活動されていた選手で、「煽りパワポ」が有名になりましたね。

三田 ササダンゴ選手は一度、ご実家の金型工場を継ぐためにプロレスを諦めたのですが、地元でマスクマンとして活動していたところを見つかり、今は工場の仕事をしながらDDTに復帰しています。プロレスには「煽りVTR」といって試合前にその試合の意味であったり選手を紹介したりするVTRを流すことがあるのですが、それをパワーポイントでプレゼンテーションする、という形でササダンゴマシンがやって大当たりしたんですね。以前、彼から聞いたのですが、「あきらめなければ夢はかなう」とよく言われるけど、プロレスって一度あきらめても夢はかなうんですね、って。それを聞いて、とても嬉しくなりました。その言葉が表しているものがプロレスの優しさであり、温かさであり、懐の深さだと思います。

今注目のプロレスラーは「厨二っぽい」あの選手


──では、注目の選手といえばどなたでしょう?

三田 『プロレスという生き方』では取り上げられなかったのですが、今注目なのは新日本プロレスの内藤哲也選手ですね!

──おお、現在のIWGPヘビー級チャンピオンですね。

三田 今年、新日本はエース格の中邑真輔選手、飯伏幸太選手、外国人トップのAJスタイルズ選手がほぼ同時に退団するという激震に見舞われました。そこで次に誰が出てくるのか注目されていたところで、飛び出したのが内藤哲也選手です。
 彼は本当にプロレスが大好きで、新日本プロレスも大好きで、フィジカルエリートでもあり、団体内で次期エースとして嘱望されていたのですが、なかなかファンに認められない状況が何年も続いていました。
 そんな内藤選手が昨年の夏にメキシコに行ってグレてしまったんです(笑)。いわゆる悪役になったのですが、従来の悪役のように悪態をつくのではなく、ちょっとスネた感じの厨二っぽい悪役に変身したんですね。ところが、そのスタイルが日本のファンに大受け。今年4月のオカダ・カズチカ選手とのタイトルマッチでは、反則三昧だったにもかかわらず、勝利した瞬間に会場中から大「内藤」コールが巻き起こりました。関係者やマスコミがびっくりしたんですから。

──へぇ〜!

三田 プロレスラーってそういう瞬間があるんです。それまでは何をやっても認められなかったのに、ある瞬間、一気にひっくり返してお客さんの支持を集めてしまう。

──ああ、パッとしなかった長州力選手が藤波辰巳選手に噛み付いて、一気に支持を集めたような感じですね。

三田 だから、彼は今、見るべき存在だと思います。レスラーとしてのポテンシャルの高さはもちろん、何をやってくるかわからない不安定さが魅力ですね。こういう瞬間があるからプロレスを見続けるのって、とても面白いんです。ものすごいカタルシスを味わえますよ。

──レスラーが成長していく姿を見守ったり、ブレイクする瞬間を見届けたりするのも、プロレスを見る楽しみの一つなんですね。

三田 それを今、体現しているのが内藤哲也選手なんです。

プロレスの何が一番凄いのか?


──『プロレスという生き方』の帯に「一番凄いのはプロレスなんです!」というキャッチコピーが書かれています。これは10年以上前に中邑真輔選手が発言したもので、それ以降もさまざまなプロレスメディアで使われているフレーズなのですが、個人的にちょっと疑問があるんです。

三田 どんな疑問ですか?

──今は総合格闘技のビジネスが落ちていて、プロレスが上がっているからそう言っているだけじゃないの? と思ってしまう部分があります。プロレスファン的には「プロレスが一番凄い」のは当たり前かもしれませんが、たくさんのスペクテイタースポーツやエンターテインメントがある中で、プロレスのどんなところが「一番凄い」と三田さんはお考えですか?

三田 なるほど! 私がこの言葉がすごくいいなと思っているのは、「一番強い」と言っているのではなく「一番凄い」と言っているからなんですね。プロレスって強さだけを競うものではないんです。「一番カッコいい」でもいいし「一番面白い」でもいい。場合によっては「情けなさ」や「カッコ悪さ」だってプロレスの魅力になってしまう。そのすべてをひっくるめて「一番凄い」と言っているのではないでしょうか?
 中邑選手は、プロレスはいろいろなエンターテイメントと勝負していかなければいけないと語っています。他のエンターテインメントにはなくてプロレスにだけあるものは何かといえば、「生身の人間が命をかけて戦っているところ」だと彼は言っているんですね。どんなスタイルであれ、プロレスラーたちが命をかけて、喜怒哀楽も含めてすべてをさらけ出しながら戦っているところが、プロレスの凄さなんじゃないかと思っています。

──命をかけて、すべてをさらけ出して戦うのがプロレス。なるほど。

三田 あと、プロレスで大事なのは受け身です。総合格闘技のように自分の強さを直線距離で証明するのがプロレスではありません。相手の技をすべて受け止めて、でも自分はお前より凄いんだぞ、と示していくのがプロレスにしかない凄さ。そういうことをひっくるめて「一番凄いのはプロレス」だと中邑選手は言いたかったんだと思います。

──棚橋選手の章に書かれていた「そこにいた誰もを幸せにして去っていった」という部分も印象的でした。他のスポーツだと自分の応援していた選手やチームが負けたらがっかりしてしまうものですが、プロレスはそれがないんですね。

三田 もちろん勝ち負けの悔しさはつきものですが、「ああ、楽しかった。今日はプロレスを見てよかったな」とお客さんに思わせる力がプロレスはとても強いんです。すごいジャンルだと思いますね。命をかけて戦いながら、そこにいる人たちすべてを幸せにするのがトップレスラーたちの務め。だから私たちは、彼らに何かを賭けることができるんでしょうね。

震災とプロレス


──そこにいる人を幸せにするのがプロレスなら、最後の章が「震災とプロレス」だったのも必然なかもしれません。奇しくも熊本で震災が起こってしまいましたが、これはどのような意図で書かれたものなのでしょう?

三田 熊本の震災の前に書き終わっていたので本当に驚きました。この本を書くとき、できるだけプロレスの幅の広さを俯瞰で捉えたものを書きたいと思っていたのですが、その中で震災についてコラム的に書いてみたいと思うようになったんですね。東日本大震災のとき、プロレスラーたちが何を考え、どのような行動をとったのかをまとめておきたかったという気持ちもありました。
 私はこの章を最後にするつもりはなかったのですが、担当編集者さんが「この章は最後に置くべきです。そうすることで本の意味が伝わると思いますよ」と提案してくれました。今はとても良かったと思いますね。

──三田さんはこの章で「プロレスが誰かの人生に寄り添えるような存在であってほしい」と書かれています。

三田 実際に私も2014年に被災地の大船渡市へ行き、「プロレスキャノンボール興行」という大会を見てきました。避難所から来ていたお客さんも大勢いましたが、みなさんとても楽しそうにされていたのが印象的だったんです。今も大変な日々を送っていると思いますが、一日だけでもプロレスで楽しい気持ちになれたのだとしたら、プロレスが誰かのためになっているんじゃないか、何かの役に立っているんじゃないかと思います。
 福島在住のゴージャス松野というプロレスラーがいます。松野さんは「除染作業ももちろん大事だよ。でも時間がかかる。プロレスみたいに見てすぐ元気になるものも必要なんだよ」と言っていました。被災者でもある松野さんからこういう言葉を聞くことができたのは、すごく胸に響きましたね。

──この本は高田延彦とヒクソン・グレイシーで始まって、ゴージャス松野と大家健で終わっているんですよね。ものすごく強い選手で始まり、ものすごく弱い選手で終わっています。

三田 東京ドームで始まって、大船渡の体育館で終わっているんですよ。これは本当に偶然なんですよ。結果として、プロレスの幅の広さ、プロレスが人々の人生に寄り添っていることが伝わってくれればいいと思います。

三田佐代子・著『プロレスという生き方──平成のリングの主役たち』(中公新書ラクレ)は全国書店にて好評発売中。なお、本書は発売後わずか3日で重版出来! おめでとうございます!