政治家の服装とイメージ戦略、有効性は? 意外に厳しい市民の目

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政治には、服装に関する規定はない。だが、公職に立候補する人たちが当選するには、それにふさわしい人のように話す必要があるし、そのように「見えなければ」ならない。

政治家の中には、市民は候補者の服装からあらゆることを読み取るのだということを理解していない人たちもいる。以下、服装によって政治家が我々にどのような印象を与えるかについて、考えてみる。

リラックスした雰囲気と親しみやすさ

フォーマルな場にカジュアルな服装で現れることで、政治家は「普通の人」を印象付けることができるだろう。だが、例えば米国の大統領に立候補しているのであれば、少し気を抜き過ぎだと思われてしまうかもしれない。

スーツ姿と自信にあふれた様子

いつもスーツ姿で、自信に満ちた態度を維持していることで知られる政治家もいる。男性の候補者には、愛国心を示す赤いネクタイを合わせてスーツを着ることを好む人もいるだろう。

そして、繰り返しは慣れや親しみやすさを生む。スーツ姿の候補の人気が高くなるのはそのためだ。選挙結果に影響を及ぼす場合もある。

トラディショナルな服装

ファッションに限っていえば、候補者が流行を取り入れる必要はない。だが、少なくともある程度は「今風」であると市民に印象付けることは、変化に適応することができ、すぐに決断ができ、問題を解決できる候補であるとの評価につながる。

高齢の女性候補なら、こうした服装によって母親や祖母を思わせ、安らぎを感じさせることができる。安心感と気持ちのつながりを持ってもらうことは、米国の一般的な市民には有効な戦術だ。その効果は、過去の選挙ですでに証明されている。

落ち着きと完璧さの演出

高級ブランドの服を選び、柄や素材を合わせるなど、ファッションに気を遣う政治家もいる。これは、その候補たちが非常に細かい部分にまで気を配る人であることを示している。イメージの管理に抜かりがなく、話す言葉にも自信を持っているということだ。

こうした”マーケティング”手法をみると、その政治家の思考プロセスが緻密なものであることが分かる。つまり、論理的な決断を下す人だと考えられる。

保守的

保守的な服装や、自分に似合った服を選ぶ人は、政治に向いていると考えられる。形式張らない市民との対話集会や小規模の会合、予定外のインタビューなど、どのような状況にも対応ができる人だろう。

世界中で起こる出来事は各国に、自国の国民と領土を守るための新たな政策を必要とさせる。政治家にとって、適応能力は重要な資質だ。

着せられている不自然さ

政治家が着慣れない服を身に付けて落ち着かない様子であることは、身振りや表情から簡単に見抜くことができる。政治家自身の考えであれ、票を獲得するための言葉であれ、聴衆の気を引くために言わされている言葉は、我々に不快感を持たせる。

誰かに指示されて着ている服は、その人を候補らしく見せる一方で、職責を担う能力に疑いを持たせる。ある仕事のために自分を売り込もうというときに、こうした服装の選び方は得策ではない。政治においては特にそうだ。スーツやドレスよりジョギングウェアの方が自分らしくいられるというのであれば、その人はそもそも、政治家には不向きだということだ。

服装がみせる「人物」

市民は政治家が話す言葉を聞くのと同様に、彼らの服装もしっかり見ている。だが、それに気付いていない政治家は多い。重要なのは、その人全体から受ける印象なのだ。

どんなときでも、政治家は自らがその仕事にふさわしい人物であると自分を売り込んでいるに等しい。それにふさわしい服を選ばなくてはいけない。