密着! スターバックス ハワード・シュルツCEO 「世界を変える壮大な実験」

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スターバックスのハワード・シュルツCEO(62)は、ホワイトハウスを目指すつもりはないという。だが、この富豪は”街のコーヒー店”から、アメリカ、そして世界を変えたいと考えている。

彼のポケットには、”二つの鍵”が入っている。一つ目は、約420坪もある世界で最も瀟しょう洒しゃなスターバックスの焙煎工房(ロースタリー)を開ける鍵。米西海岸シアトルにあるこの店舗では、焙煎したてのコーヒー豆がベルトコンベヤーを流れていく。まるで、映画『チャーリーとチョコレート工場』の世界に迷い込んだかのようだ。

二つ目の鍵は、シュルツにとってもう少し大切な意味をもつ。シアトルの波止場近くにあるスターバックス1号店の鍵である。店は1971年に開店した時のままで、使われている容器やカウンターはベトナム戦争の頃のもの。この店だけは、手つかずのままなのだ。「ときどき、明け方の4時過ぎにひとりであの店に立ち寄るんですよ。原点へ戻りたいときに、行きたくなる場所なのです」とシュルツは話す。

原点に戻る-。筆者が記憶する限り、そういうふうに語った富豪CEOは皆無に等しい。しかし、それがシュルツたる所以である。常に自分を挑戦者だと考え、利益を出しつつ、同時に自身の理想も追いかける。シュルツはそのようにして、80年代にスターバックスの舵を取り始めてから、町のコーヒー店を世界有数のブランドに育て上げた。

スターバックスの売り上げは、2015年に過去最高となる190億ドル(約1兆9,950億円)を記録した。株価は前年比48%も上昇、16年はムラのあるスタートだったにもかかわらず、時価総額は860億ドルに届きそうだ。依然としてコーヒーが主要事業だが、食品分野も拡大しており、過去5年で売り上げは2倍以上に伸びている。友人同士で集い、学生が課題に取り組み、年頃になれば恋をする-。食べ物とコーヒーを提供する店にとどまらず、それぞれの世代にとって居心地のよい空間を提供してきた結果だ。

確かに、「人と人とのふれあいの場」を提供することで、シュルツ自身も30億ドル近い個人資産を蓄えたかもしれない。それでも、彼は何の肩書きもなかった頃の自分に立ち返り続けている。「私は今も、ブルックリンの街を抜け出たいと必死に生きていた少年のままなのです」

シュルツは60年代に、生活保護家庭で育った。職場でけがをして失業した父の身を案じる毎日を送った。幼少期は日々の暮らしにも苦労している。「名門大卒でもないし、ビジネススクールだって出ていません」

絵に描いたようなアメリカン・ドリームである。そうしたこともあってシュルツは昨年、「大統領選に出馬するのでは?」という憶測を打ち消さなくてはならなかった。経歴を比べたとき、親の資金を足掛かりに成功した億万長者に対して、自力で上り詰めたシュルツのほうが魅力的に映るからだ。しかし、当の本人は「もはや政府では喫緊の問題を解決できない」と考えている。

「ハワードは、自分の役割は国政にないと、よくわかっています」と、スターバックスの取締役であるメロディ・ホブソンは語る。

シュルツは、国の最高司令官よりも”最高調停人”になりたいと考えている。政治や日々の生活ににじみ出る人々の怒りに困惑し、アメリカが「国として良心を失ってしまった」と悩んでいるのだ。

そこで彼は解決策を求めて、退役軍人病院からインドのヨガ道場まで、人々の話や信仰を聞いて回った。シュルツは、スターバックスを銃規制や人種問題などの難しいテーマについても節度ある議論ができる、「市民権や人間性を高められる場」にしたいと考えている。具体的には、死刑問題や長期不就労、退役軍人の支援、スターバックスに勤めるバリスタたちの就学支援といったテーマに取り組むことだ。

スターバックスはこの1年間で軍事基地の近隣に19店も開き、退役兵や現役兵、その配偶者の働き口をつくった。また、ほかの大企業と協力して大規模な就職フェアをフェニックスやシカゴ、ロサンゼルスなどの都市で催し、失業中の若者たちを面接に呼んだ。ほかにも、バリスタやその他の従業員を対象にオンラインでアリゾナ州立大学の学位を取得できるプログラムを14年に設置している。学位取得にかかる学費はスターバックスが負担する。

ほとんどの会社では、CEOが社会問題に熱中すると株主から反発されるリスクを負う。シュルツとて、スターバックスの全株式の3%未満しか保有していないこともあり、投資家の声を無視できない。しかし「スターバックスは例外」と、最高財務責任者(CFO)のスコット・モーは話す。

GEやJPモルガン・チェースといった実務的な企業文化を持つ会社で働いてきたモーは、「カフェラテは単なる飲み物ではない」と感じている。あくまで、「心地よい体験をしつつ、世の中を良くする」ためのチケットなのだ。シュルツの改革運動は、商品に姿を変えて、スターバックスを地球規模の社会的ビジネスへと昇華させている。

おおかたの経営者にはそこまでの時間がない。シュルツは定期的に、後輩の経営者から電話を受ける。解任されることなく、社会問題に取り組める道を相談されているようだ。米百貨店チェーン「JCペニー」のマービン・エリソンCEOや、配車サービス「リフト」のジョン・ジマーCEOもシュルツに助言を求めている。シュルツの返答は率直すぎるものだった。「自分の手でその資格を勝ち取るしかない」

スターバックスでは、取締役の定年は75歳である。なので、シュルツには任期が13年も残されている。ただ、本人はそれより前にCEOを退任する可能性をほのめかす。彼は00〜06年、役割を会長職だけにとどめてCEOを退き、米プロバスケットボール協会(NBA)の球団「シアトル・スーパーソニックス」のオーナーに就いたことがある。しかし、スターバックスの業績がつまずくと、シュルツはCEOに復帰した。

シュルツは、前回のCEO在任時よりも周囲の声に耳を傾け、根気よく対応しながらうまくペース配分できていると話す。大企業の経営は、「求められるエネルギーやスタミナ、好奇心の観点からすれば、若い人の仕事だ」と、彼は認める。

とはいえ、もうしばらくは続けるつもりだという。彼のミッションは、まだ完全に成し遂げられていないのだ。

シュルツを見ていると、困っている人々に心を揺さぶられ、力になりたいと願うその姿には驚かされる。例えば、スーパーソニックスの人気選手だったヴィン・ベイカーが破産し、アルコール中毒に苦しんでいたときには、スターバックスの経営プログラムを通じて店長になれるよう手を差し伸べている。

ブライアン・スティーブンソン弁護士が、冤えん罪ざいで有罪宣告を受けた死刑囚を助け出す難しさを描いた著書『Just Mercy(公正なる赦免)』を出版した際、シュルツはそれをスターバックスの店頭で売ると主張した。その上、スティーブンソンの事務所を訪れ、30年近く刑務所に収監されたアンソニー・レイ・ヒントンと共に過ごした。

「(ヒントンは)恨みを微み塵じんも持たず、もの静かで内気なご老人だった。彼との出会いは、私の人生を変えたよ」と、シュルツは語る。本は何カ月もスターバックスの店頭に飾られ、米紙「ニューヨーク・タイムズ」のベストセラーとなった。このような経験もあって、彼は「オフィスの中で小切手を切るだけの慈善事業では、もはや満足できない」という。

05年に米南東部を襲った超大型ハリケーン「カトリーナ」を覚えているだろうか? 3年後にスターバックスの従業員たちがニューオーリンズの復興を手伝うと、シュルツも家屋の建て直しプロジェクトに参加した。そして、現地でハシゴとペンキを見つけるや、ペンキ塗りを手伝いたいと申し出たのだ。

「ハワードは腰を痛めていたのですが、止めようとしても聞き入れようとはしませんでした」と、スターバックスの重役、ロドニー・ハインズは振り返る。

シュルツを駆り立てるものに、新入社員時代の陰鬱な記憶がある。80年代半ば、彼がグアテマラに初めて出張したときのことだ。コーヒー豆の生産者たちが、スターバックスの支払い額のうち、「ほんのわずかな割合しか自分たちの手元に入ってこない」と漏らしたのである。グアテマラの支払いシステムには、ぴんはねや”手数料”がはびこっていた。だが、新米だったシュルツは、自分があまりにちっぽけで何もできなかったと感じている。そのときの苦い記憶を今も忘れられないのだ。

シュルツの慈善事業は徐々に「シュルツ・ファミリー財団」を通して行われつつある。妻のシェリと管理するこの1億ドル規模の財団は、これからさらに拡大する予定だという。現在の優先課題は、退役軍人にアメリカ経済の中で居場所をつくること、そして16〜24歳で学校に行かず、仕事にも就いていない若者に就職の機会を提供することだ。

米陸軍のセドリック・キング曹長は12年、アフガニスタンでの戦闘中に即製爆弾(IED)を踏んで両足を失くした。その19カ月後、彼はシュルツとウォルター・リード軍医療センターで出会う。再び歩けるようになりたいキングは、義肢の使い方にもがきながら、車椅子で立ち往生していた。一方、シュルツはアメリカの退役軍人についての本のために、勇気と葛藤の話を集めて回っていた。二人は、病院の食堂で一時間ほど話をした。「楽しいひとときだったけれど、シュルツと会うことはもうないと思っていた」と、キングは語る。

だが、二人は再会する。15年の夏にシュルツ・ファミリー財団が、就職フェアで講演をしてほしい、とキングに依頼したのだ。

当日、額から汗を流しつつ、キングは6,000人の出席者に向けて「何事も自分の気持ち次第」と訴え続けた。聴衆には、シュルツの姿もあった。「僕は両足を失いました。だから、この新しい足で生きていくしかありません」

キングはピンストライプのズボンの裾の折り返しを上げ、チタン製の義足を見せた。人々が息を呑むと、彼は締めの一文を届けた。「今を受け入れ、進まなくてはいけないのです」

ステージの下では、自分よりも若い人々に囲まれて、”コーヒー国家の大統領”が顔を輝かせている。その顔は、キングの話を初めて聞いたかのようだった。会場を、希望という名の風が吹き抜ける。

シュルツは、その香りを胸いっぱいに吸い込もうとしていた。