最終ラップの勝負は、二輪ロードレースの醍醐味がすべて凝縮されたような息を呑む戦いだった。全周5.245mのムジェロ・サーキットで繰り広げられた、ホルヘ・ロレンソ(モビスター・ヤマハ MotoGP)とマルク・マルケス(レプソル・ホンダ・チーム)のわずか2分弱のこのバトルを見れば、きっと誰もがMotoGPの虜(とりこ)になるはずだ。第6戦・イタリアGPの決勝レースは、それほど熱く激しい戦いで観る者すべてを魅了した。

 23周で争われたレースは、22周を終えてロレンソがマルケスに0.104秒先行する形でコントロールラインを通過し、最終ラップに入った。長いメインストレートの先に待ち構えるタイトな1コーナーでは、ロレンソが背後にピタリとつけるマルケスをブレーキングで抑えきって、登り区間のセクションも左、右、とバイクを切り返しながら通過していく。

 ムジェロ・サーキットは、トスカーナ渓谷の谷間に設計されている。長いメインストレートのあとは、自然の地形を活かして左から右へと切り返しながら高度を上げていく区間が続き、しばらくいくと今度は左右へ切り返しながら下っていく。そしてふたたび強烈な登り勾配を経て、リズムよくS字状に切り返していきながら、最後に大きく下るハイスピードの最終コーナーへと向かう。

 ロレンソがわずかに先行する格好で、両選手は最終ラップの前半区間を駆け抜けていったが、コース上最高地点の5コーナーでマルケスがわずかな隙を突いて、ロレンソのインを差した。背後に回ったロレンソは、その後のセクションでマルケスを追う形になった。

「今日の決勝レースは、スタートを決めて最初からリズムよく走ることができた。予想していたほど速いペースの展開にならなかったので、逃げ切ることはできなかったが、マルケスがここまで速く安定しているとは思わなかった」

 レース後に、ロレンソはこの日の戦いをそんなふうに振り返った。

「マルケスが背後にいたから、先頭を維持するためにかなり気力・体力を消耗した。彼は体力を温存していたので、終盤に抜きにかかることができたのだろう」

 そして2台のマシンは、「ホンダ−ヤマハ」の順で最終区間へと向かっていく。

「このまま2位でもいいのかな、と思いながらマルケスの後ろにつけているとき、2005年の250cc時代に最終シケインで勝負を仕掛けて逆転優勝したことを思い出したんだ」と語るロレンソは、そのときの戦いを再現するかのようなバトルをマルケスに仕掛けた。ロレンソは左から右へ切り返すシケインの2個目で前に出たものの、次の最終コーナーでは乾坤一擲(けんこんいってき)の勝負に出たマルケスがふたたびわずかに前に出て、2台は大きく下りながらコーナーを旋回していく。マルケスが前、ロレンソがその背後――。

「最終ラップは、チャンピオンシップのことは考えず、いつもどおりの(いちかばちかのバトルを挑む)マルケススタイルで攻めた。最終コーナーではロレンソが来ないようにインを閉めようとしたんだけどね」

 その最終コーナー出口を、マルケスはロレンソよりもわずかに早く立ち上がり、ゴールラインへ向かっていく。2台の息詰まるバトルは、これで勝負がついたようにも見えた。あとはコーナーを立ち上がって、数百メートル先のゴールラインを目指すのみ。

 しかし、今年のホンダはライバル勢に対して、加速区間で課題を抱えている。金曜のフリープラクティスを終えた際も、マルケスはこの課題に対して以下のようなコメントをしていた。

「このサーキットは切り返しが多いから、流れるようなコーナリングでスムーズに乗らなければならない。ロレンソスタイルでね。(他のコースより)加速はさほど決定的な要素ではないけど、今年の自分たちは加速で苦労をしているので、オーバーテイクが去年以上に難しい。だからその部分を少しよくしなければならないし、コーナー立ち上がりでの安定性も改善したい」

 最終コーナーをマルケスの背後で立ち上がったロレンソは、最後の直線でもピタリとその後ろにつけてから、ゴールライン直前でわずかに前に出た。

「今年のホンダはエンジンが少し厳しいようなので、それで立ち上がりでスピードを上げてリカバーできた」(ロレンソ)

「(最後の勝負に出て)ゴール手前まではうまくいったんだけどね、最後の15メートルで抜かれちゃったよ」(マルケス)

 緊迫感に充ちたふたりの戦いは、0.019秒差でロレンソが"再々々逆転"に成功し、劇的な勝利を収めた。これでチャンピオンシップポイントは、ロレンソ=115、マルケス=105となり、両選手のホームグランプリである第7戦のカタルーニャGPへと向かうことになった。

 一方、このムジェロ・サーキットを地元とするバレンティーノ・ロッシ(モビスター・ヤマハ MotoGP)は、土曜の予選でポールポジションを獲得し、スーパースターの地元優勝に期待を膨らませるファンが会場を埋め尽くしたが、トップグループを争っていた9周目にエンジンがブローし、リタイアを余儀なくされた。サーキットの至るところでロッシカラーの黄色いシャツを身にまとった大勢のファンはもちろん、ロッシ自身がもっとも意気消沈する結果となった。エンジントラブルさえ発生しなければ、確実に優勝が見える仕上がりだっただけに、レースを終えて1日の戦いを振り返る彼の表情は、笑顔を浮かべてはいるものの、やはり悄然(しょうぜん)とした気分は隠しきれないように見えた。

「地元のムジェロで、会場の雰囲気は抜群によくて、多くのファンにも囲まれて、ウィークを通して速かった。レースでもきっと優勝争いをできていたと思う。ここで勝ったのは、2008年が最後だから。目標というか、この10年の夢だったんだよね」

 自分のミスによる失策や転倒ではなく、突然発生するマシントラブルは、ライダーにはいかんともしがたい事象だ。

「こればかりはどうしようもないよね。この悔しい経験を、次のレースに向けたエクストラエネルギーに振り向けるよ」

 次戦のカタルーニャGPでは、マルケス、ロレンソ、ロッシはそれぞれ、三者三様の劇的な戦いを過去に経験している。そこで今年の彼らは、果たしてどんな戦いを繰り広げるのか――。それは、2週間後に明らかとなる。

西村章●取材・文 text by Nishimura Akira