週刊マンガ雑誌の編集部を舞台に繰り広げられるお仕事ドラマ『重版出来!』。第6話のサブタイトルは「勝ち続ける仕事術 …新人ツブシの秘密とは?」。まるでビジネス書のようなタイトルだけど、これは一種の皮肉。“ツブシの安井”の異名を持つ編集者・安井昇(安田顕)のアコギな仕事術とは……? 今回も飛び出した出版名言の数々を再現しながら、ドラマを振り返ってみよう。


新人マンガ家の東江絹(高月彩良)は安井にスカウトされ、人気原作小説のマンガ化でデビューすることになる。安井の仕事ぶりはひたすらビジネスライク。マンガ家との打ち合わせはほぼ皆無で、休日は連絡も取れないが、締切だけは厳守させる。
一方で大手芸能事務所とのタイアップを仕掛けて、事務所の意向には一切逆らわない。このやり方で次々とヒットを放ってきたが、利用価値のなくなったマンガ家をポイ捨てすることから“ツブシの安井”と呼ばれるようになったのだ。

「漫画はビジネス。夢を託すものではない」

これは安井のツイッター裏アカウント「編集者残酷物語」の一節だ。第4話で安井が心に語った言葉「平凡けっこう。欲しいのは芸術じゃない。売れる商品だ」と通じている。これが安井の編集者としての哲学である。
大切なのはスムーズな進行と確実な利益。さらに、常識外の長時間労働を行うことが多い編集者としては珍しく、定時に仕事を切り上げて家族サービスを大事にしている。サイボウズあたりがインタビューしてもおかしくないほどの優秀なビジネスマン&良きパパぶりを見せているのだ。
しかし、仕事のしわ寄せはすべて東江に押し寄せる。新人編集者の黒沢心(黒木華)は安井の仕事ぶりに反発するが……。

ここで、安井の編集者としての哲学が記された「編集者残酷物語」から、印象的な言葉を抜粋してみよう。

「締め切りをきちんと守り、それなりのクオリティを保つ。漫画家に望むことはそれだけだ。漫画は商品であるのだから。」
「作品に対する応援と批判は表裏一体。」
「クオリティを追うあまり、時間を無視する作家はプロとは呼べない。」
「『売れたい』というマインドの作家とは仕事がしやすい。そういう気概がなく、御託を並べてばかりいる者とは仕事しないと決めている。」
「良き書店員は本の奴隷であるべきだ。良き編集者は本を奴隷にしなければならない。」

ちなみに安井はこのようなつぶやきを6,295ツイートも行っている(なかには黒沢の行動をつぶやいただけのものもあるが)。いかに安井が編集者としてのあり方について考えてきたかという証明だろう。
なお、「編集者残酷物語」のアカウントは実際にドラマに合わせて作成され、ドラマの中で安井が削除すると同時に削除された(そちらは11ツイートのみ)。

雑誌はかかわる人たちみんなで育てる「家」


安井もかつては心のようにマンガに夢を託す熱い編集者だった。
土曜も日曜もなく人気マンガ家のもとに通いつめ、ようやく連載の承諾を得た安井だったが、雑誌『FLOW』が廃刊の憂き目に遭い、安井は作家からの信頼を失ってしまう。
さらに家庭を顧みず仕事に没頭するあまり、妻から三行半を突きつけられてしまった。これはまぁ、編集者あるあるですな(安井の同僚・五百旗頭も離婚経験者)。

ひどい目に遭いっぱなしの安井をはじめとした編集部員たちの前に、出版が調子の良かった時代をたっぷり経験してきた役員(自称・無敵の浜田)が現れて講釈を垂れる。そこで真っ先にブチ切れたのが安井だった。

「雑誌はアンタのものなんかじゃない! アンタの墓標なんかじゃない! イチからみんなで育ててきたんだ! みんなで育てた家なんだ! マンガ家と編集者、みんなの家なんだよぉぉぉ!」

安井が育み、守ろうとしていたのは、妻子との家ではなく、マンガ家たち作り上げた雑誌という家だった。しかし、それも脆くも崩れ去ってしまった――。こうした辛い経験を経て『バイブス』編集部に移籍した安井(会社はよく役員に逆らった編集者を現職のまま留めたものだ)は、数字優先のスタイルに変貌していた。

「漫画家が必死で描く。編集者がそれに応える。本気でぶつかり、高めあい、生み出される作品の数々。だが、どれだけ素晴らしいものをつくっても、会社が評価するのは数字。数字だけなのだ。」

安井の過去について五百旗頭たちから聞いた心は、「理想の編集者って何だろう……?」と思い悩む。

「『理想』だけで仕事ができる人は、この世にどれだけいるのだろう。いい作品をつくることだけに向き合えるのなら、どれだけ幸せだろう。」

安井の考え方はブレないが、東江に次作で組むことをきっぱり拒絶されると、その表情は大きく歪む。目にうっすらと涙を浮かべているようにも見える。いくら表面はクールに装っていても、かつては心と同じく情熱をもってマンガに取り組んでいた男。このような拒絶のされ方は堪えるのかもしれない。

「安井、いつもありがとうな。お前が確実に稼いでくれるおかげで、他の作品で冒険できる。勝負するところで勝負できてるんだ」
「給料分の仕事をしているだけです」

これはラスト近くの和田編集長(松重豊)と安井のやりとり。こういう言葉をかけてくれる上司がいる職場は、本当に仕事がやりやすいだろう。

編集者・安井の仕事ぶりは正しいのか?


和田編集長の言葉からもわかるように、『重版出来!』という作品の中で、安井の考え方はけっして否定されていない。それは第4話のレビュー「欲しいのは芸術じゃない。売れる商品だ『重版出来!』4話」でも書いたとおりだ。

ドラマの中では“ツブシの安井”も、あまり悪し様には描かれていない。早々に熱心な編集者だった安井の過去の姿を描き、視聴者のイライラを軽減している。熱心に打ち合わせしている作家と編集者の姿を横目で見たりするカットも挿入されており、過去の自分の姿にどこか未練があるようにも見える。

象徴的なのが年末に家族で海外旅行に出発するシーンだ。遠目にピンボケの家族がいて、手前に「安ちゃん」と呼び合う人々がいる。そして中間にいる安井は、過去の自分の呼び名を口にする人たちを振り返りつつ、家族の元へと歩を進める。東江と決別するシーンも含め、クールさを貫く原作と比較して、まだどこか心の中の揺らぎが現れているようにも見える演出だった。

しかし、作品から少し離れてみると、安井の仕事の仕方そのものは感心できるものではない。無茶なスケジュールを東江に要求し、「プロってそういうこと」ともっともらしく言っているが、これはプロの世界のことをよく知らない東江をダマしているに過ぎない。
作家をフォローする体制の構築も編集者の仕事だが、安井はそれを放棄している。だからデビューした作家たちは安井の元を離れていくのだろう(ちなみに映画『バクマン。』でも編集部は主人公たちに何のフォローもしていなかったが、その問題はスルーされていた)。

余談だが、原作では東江の彼氏が憤り、下請法違反で興都館と安井を訴えようとするエピソードがある。マンガ家をはじめとしたフリーランスと出版社は、契約が曖昧(ほとんどが口約束)なこともあって、トラブルも少なくない。原作では下請法からマンガは除外されているということになっているが、実際には平成15年の下請法改正でマンガ家なども「下請事業者」に該当する(参考:フリーランスで働く人は「下請法」で守られている 弁護士ドットコムNEWS )。しかし、プロデビューを控えたマンガ家が編集者と出版社を訴えるようなことは、自身の今後のキャリアを鑑みるとありえないだろう。

それはともかく、安井の仕事ぶりを見て、「“勝ち続ける仕事術”を学んで、効率重視、利益重視のデキる編集者(ビジネスマン)になりたい!」と思う人は、思いとどまったほうがいい。少なくとも作家(下請け)を放りっぱなしではいけないし、道具扱いしてもいけない。それでは短期的な利益を上げることはできるかもしれないが、結局は作家に逃げられて長期的な損失を被ることになる。和田編集長も「任せる」なんて言っている場合ではないのだ。

さて、今夜放送の『重版出来!』第7話では、万年アシスタント・沼田(ムロツヨシ)の心の闇に迫る。「夢を持つ」のって、恐ろしいことでもある。

『重版出来!』の第6話は TBSオンデマンドにて無料視聴が可能(本日21時59分まで)。見逃した人は要チェック。
(大山くまお)