万古不変の真理、というものがある一方で、多かれ少なかれ例外が発生する「法則」が存在する。特に異文化に対する理解では、「こういうものだ」と決めつけることでトラブルが起こりやすくなる。日本で言えば、「すすんで高齢者に席を譲る」というのが典型的な例だ。(イメージ写真提供:123RF)

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 万古不変の真理、というものがある一方で、多かれ少なかれ例外が発生する「法則」が存在する。特に異文化に対する理解では、「こういうものだ」と決めつけることでトラブルが起こりやすくなる。日本で言えば、「すすんで高齢者に席を譲る」というのが典型的な例だ。

 中国メディア・捜狐は21日「日本の若者はどうして高齢者に席を譲らないのか」とする文章を掲載した。文章では「日本では高齢者に席を譲るか」という問題が実に回答に窮するものであるとし、「日本人の思想は往々にして統一されているものだが、この件についての答えはいささか複雑なのである」と説明した。しかもそれは「日本で仕事を一定期間してしていてようやく分かる」ものであると解説している。

 そのうえで、「日本の年配者は他人に席を譲られても大半は座ろうとしない」と紹介。さらには、空席があったとしても座ろうとせずに立っている人たちがいるとした。そして「日本人が座らないのは、自分が十分に健康であり、座席に座る必要のない集団の一員であると認識しているから」であると論じた。

 その背景には、日本人の中では「老」というのは単に年齢を示すもので、不健康を意味するわけではないこと、老いてもなおはつらつ、という生活を追求していること、そして、「他人に迷惑をかけたくない、他人からも迷惑を被りたくない」と考えていることがあると解説。「このようなやや冷淡な社会環境において、高齢者の哲学は『自活を誉とする』ことであり、席を譲ってもらうのは社会に面倒をかける思いがして不快なのだ」としている。

 さらに、日本人には「労働こそ一番の光栄」という伝統的な思考があるため、高齢者にとっては「今や社会福祉のサービスを享受している自分は、今価値を生み出している人たちをリスペクトしなければならない。彼らと座席を争っては気が済まない」という、一種のメンツにかかわる問題にもなるのであると指摘した。

 「日本人は高齢者に席を譲る」という情報を鵜呑みにして日本を訪れ、実践してみたら思わぬ拒否に遭ってショックを受ける、というのはちょっとかわいそうだ。「相手を見て譲るかどうか判断せよ」というのはいささか酷な話ではあるが、もし実践してみたいというのであれば、そのようにアドバイスするしかないのかもしれない。(編集担当:今関忠馬)(イメージ写真提供:123RF)