バイロン・ネルソン選手権と言えば、ジョーダン・スピースが「育った場所」と言っても過言ではない。かつて、スピースの自宅は大会会場のTPCフォーシーズンズのすぐそばにあり、幼いころは毎年、弟と父親と3人で観戦していた大会だ。
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 7歳のときは、フィル・ミケルソンからグリーン際で優しく声をかけられ、米ツアーのスター選手への憧憬の念が一気に広がった。
 スピースが生まれて初めて米ツアーに出場したのも、この大会。スポンサー推薦を得て、16歳のときに初出場し、いきなり16位に食い込んで世間を驚かせた。
「実を言うと、時々はフェンスを乗り越えて会場に入っていたんだ」
 入場料を払わずに大会会場へ忍び込み、“ただ観戦”していたなんて秘話を暴露しながらも、会見中のスピースの表情は終始、暗かった。地元の声援は励みになるかと問われても、「励みになるが、プレッシャーにもなる」と後ろ向き。大会側の企画で会見に参加した地元のちびっ子レポーターから質問を受けたときでさえ、ほとんど無表情に近かった。
 昨年、マスターズと全米オープンを制し、世界ナンバー1に上り詰め、フェデックスカップ総合優勝も果たして、きらきら輝いていたスピースとは、まるで別人のように今週のスピースは頬を強ばらせていた。
 そうなってしまったワケは、言うまでもなく今年のマスターズ最終日に12番で池に2度も落とし、勝利を逃したショックだ。以後、しばらくツアーを休み、ようやく戦線復帰した先週のプレーヤーズ選手権では予選落ち。一方、ソーグラスで勝利を飾ったジェイソン・デイは、世界ランキングでスピースを引き離し、王座を揺るぎないものと化した。
「それが僕を苛立たせると同時に、僕のモチベーションにもなっている」
 今週のバイロン・ネルソン選手権の最終日を首位のブルックス・ケプカに2打差の2位で迎えたスピースは、なるほど、デイに引き離されたその差を縮めようという意気込みで最終日最終組の位置まで昇ってきたかに思えた。だがその位置に立ったときでさえ、スピースの表情は暗いままだった。
「ボールに向かって構えたとき、今は自信がない。それなのに、この位置にいることが信じられない」
 自信の欠如は不安を生み、不安は最終日のスピースのゴルフに如実に反映された。4つもスコアを落とし、優勝争いの蚊帳の外へ弾き出されて18位で終戦。懐かしい思い出がたくさん詰まったTPCフォーシーズンズに、苦い思い出を作ってしまった。
 優勝争いは最終日に追撃をかけたセルヒオ・ガルシアとケプカのプレーオフにもつれ込み、勝利を掴んだのはガルシアだった。
 思えば、ガルシアにとっても、この大会、このTPCフォーシーズンズは思い出深い場所である。1999年に19歳でプロ転向し、米ツアーのデビュー戦となったのが、この大会だった。そして、いきなり3位に食い込み、「天才」「エルニーニョ」と騒がれて、注目の的になった。2004年にはこの大会で勝利を挙げ、今は亡きバイロン・ネルソンと並んで笑顔の記念写真を撮った。
 だが、メジャー4大会で何度も惜敗を繰り返し、何度もクラブを握り直す悪癖をギャラリーから口汚く野次られたりしているうちに、ガルシア自身の言動がおかしくなり、マナーやエチケット違反を繰り返して成績は下降の一途になった。
「ゴルフをするモチベーションが何もない」
 一時は引退説が囁かれ、もうガルシアの復活はないと見られていた時期もあった。だが、結局、彼はゴルフを辞めず、クラブを振り続けてきた。ガルシアを立ち直らせたのは「成績が下がったときも変わらず応援支援してくれた友人知人やファンだった」。
 そんなガルシアも、今はもう36歳。4年ぶりに挙げたこの勝利は、スペイン人選手としてはセベ・バレステロスと並ぶ米ツアー通算9勝目になった。
 米ツアーで戦う人生が「バイロン・ネルソン選手権から始まった」という意味では、ガルシアとスピースには共通項がある。センセーショナルなデビューから紆余曲折を経て、再びこの地で輝いたガルシアのこの日の姿が、まだ傷心のままで笑顔すら作れないスピースの励みになってくれたらいいなと思う。
「今日、勝ったからといって目標は何も変えない。これからも僕は、少しでも上を目指して、ひたすら走り続けるだけだ」
 そんなガルシアの言葉を、スピースはどこかで耳にしてくれただろうか。
 そう、ゴルフは持久走。苦しくなったときも、息切れしそうになったときも、走り続ける人にだけ、いいことがある。
文 舩越園子(在米ゴルフジャーナリスト)
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