女子野球の指導者として奮闘する辻内崇伸氏

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 仙台の中心街から約10km離れたビニールハウスの練習場では、元読売ジャイアンツ・辻内崇伸(28)が女子野球の指導をしていた。

「コミュニケーションを取るのが苦手で、最初の3〜4か月は選手に敬語で話していました」

 2013年の引退後、女子プロ野球を支援する「わかさ生活」の正社員となり指導者の道を歩み始め、今年からは「レイア」の投手コーチを務めている。午前は選手を指導し、午後は社内で遠征先の宿の手配など事務作業を行なったり、女子プロ野球を広めるため商店街にポスターを配り歩いたりしている。

「実は極度の人見知りなんです。だから、飛び込みで店に入って『何それ?』と冷たくいわれると、とても落ち込んでしまいます」

 2005年、夏の甲子園で当時の左腕最速となる156kmを記録。2005年に契約金1億円でドラフト1位指名された大型左腕だが、一軍登板のないまま戦力外通告を受けた。

「内心すごくホッとしました。入団時に150kmの球を投げていたのに、最後の年は130kmも出なかった。ケガでほとんど野球をしてないのに、8年間もお金を貰っていて、本当に自己嫌悪に陥っていましたから」

 巨人時代は一晩の飲食で最高40万円を使ったこともあったが、現在の小遣いは交通費込みで1か月3万円程度。午前中の練習後は家に戻って昼食を済ませ、電車とバスを乗り継いで会社に通う。現役時代の休日、頻繁に通ったパチンコもほとんどしていない。

「妻の家事や育児を手伝って、お駄賃をねだっています。1000円くれたらいい方。安いと500円。それじゃパチンコなんてできません(笑)」

(文中敬称略)

■取材・文/岡野誠 ■撮影/藤岡雅樹

※週刊ポスト2016年5月27日号