阿部寛のダメ男っぷりに苦笑…是枝監督の新作『海よりもまだ深く』は家族あるあるに大共感の団地映画【最新シネマ批評】

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[公開直前☆最新シネマ批評]
映画ライター斎藤香が皆さんよりもひと足先に拝見した最新映画のなかから、おススメ作品をひとつ厳選してご紹介します。

今回ピックアップするのは、是枝裕和監督の最新作『海よりもまだ深く』(2016年5月21日公開)です。前作『海街Diary』もヒットしたし、日本映画界において是枝ブランドへの信頼は絶対ですが、本作もやっぱり面白い!

なぜ是枝作品が面白いのか。それは、すごく劇的なことは起こらないけど、映画の中で生きる人々が、自分の知り合いだったり、友だちだったり、家族だったり、自分だったりするからです。あるあるこういうこと、わかるよ、その気持ち……みたいに、絶対になる! 

そして『海よりもまだ深く』もまた、そういう気持ちにさせられる映画なんですよ〜。

【物語】

文学賞を過去に1度受賞した自称作家の良多(阿部寛)は、取材と称して探偵事務所の仕事で食いつないでいる中年男性。お金、生活ともにだらしなく、過去の栄光にしがみついています。

息子の真悟(吉澤太陽)と会うのが唯一の楽しみだけど、元妻の響子(真木よう子)に養育費を渡せず、呆れられてばかり。彼のよりどころは母の淑子(樹木希林)で、ついつい甘えてしまいます。

そんなある日、母の住む団地に息子を連れていった良多。その日は台風予報があり、息子を迎えにきた響子も一緒に、元家族がひさびさに一夜を明かすことに……。

【台風一過の懐かしさ】

是枝監督がこの作品を作ったのは、2014年、なんと前作『海街Diary』の春編と夏編の間の1か月半だったそう。しかし、この作品の着想は2001年からあったとか。

「父が亡くなり、団地でひとり暮らしをしている母のもとへお正月に帰ったとき、いつかこの団地の話を撮りたいなあと思いました。最初に浮かんだのが台風の日の翌朝、芝生が綺麗になった団地を歩く風景です」

子供の頃、台風の日って、なぜかちょっと高揚しませんでした? 雨風がすごくて外に出られないから「家にいられて良かった〜!」と思ったり、ちょっと出ないといけないときは、風で傘がオチョコになるとキャーキャー言ったり、台風一過の翌朝、雨の匂いがちょっと残っていたり……。

この映画の台風の一夜には、そんな記憶を呼び起こさせる魔法がつまっています。特に団地育ちの人は、思い切りノスタルジーに浸れます。記者(私)も団地育ちなので、映画を見ている間、ずっと少女時代にワープしていました。

台風が何かを壊したり、家族の誰かがすごい秘密を持っていたり、そういう突飛な事はないけれど、心がすれ違っていた元家族が、台風の夜に一緒にいるだけで、ちょっとだけ家族だったときのように心が近づくんですよ。元夫の良多に対してギスギスしていた響子も、少しだけ丸くなりますし。

登場人物は架空の人なのに、なぜか知り合いみたいな気持ちになるのは、きっと役に血が通っているから。是枝監督の演出と役者さんたちの演技の賜物です。

【なりたかった大人になれなかった人へ】

良多はまさに、“なりたかった大人になれなかった人” です。「こんなはずじゃなかった」と思いながらも、夢を諦め切れない。だらしなく地団太を踏みながら生きているというか……。だからこそ、この映画は共感度が高い。誰も言葉に出さないけど、誰もがそんな想いを抱えているはずだから。

でもそんな自分を見守ってくれる親、ときどきしか会えないけど、健康な我が子が彼にはいるわけで、それってけっこう幸福なことなんですよね。

良多はいつも理想の自分を思い描いていてばかりで足元を見ないから、ダメなんですよ〜。その点、響子をはじめ、女性陣は現実的で、そこに男女の人生への向き合い方の差が出ているような気がします。

母と息子の深い絆、姉と弟の憎まれ口を叩くように何でも言い合える関係、子供で繋がっている元夫婦の関係など、家族関係の深さもいろいろあるなあと思わせる『海よりもまだ深く』。見終ったあと、親や兄弟のことを思い出し、実家に帰りたくなるかも。ジワリと心に響く、団地で繋がる家族映画の傑作です。

執筆=斎藤香(C)Pouch

『海よりもまだ深く』
(2016年5月21日より、丸の内ピカデリーほか全国ロードショー)
監督:是枝裕和
出演:阿部寛、真木よう子、小林聡美、リリー・フランキー、池松壮亮、樹木希林ほか
(C)2016 フジテレビジョン バンダイビジュアル AOI Pro. ギャガ

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