「ここに住んだら、どうだろう?」
そんなことを夢想しながら知らない街を歩くのも、ひとり旅の楽しみのひとつです。この市場で毎日買い物をして、週末になったらこの公園でゴロゴロ過ごして……あ、でも、仕事はどうするの?と思い出して、ふと現実に引き戻される。いつか、「仕事なんて、どうにかなるわ」と何も考えずに移住したくなるような理想の場所に出会えたらいいのに、と考えながら旅を続けている人も少なくないかもしれません。
今回は、研修医修了と同時に世界旅行に出発、約3年間で52ヵ国を旅した中島侑子(なかじま・ゆうこ)さんに、心から「本当に住みたい」と思った国、スウェーデンについて綴っていただきました。最後に5月12日に発売されたばかりの中島さんの新刊『医者のたまご、世界を転がる。』(ポプラ社)からとっておきのエピソードを一部掲載します。

【ウートピに掲載したエッセイ・エピソード一覧はこちら】

『医者のたまご、世界を転がる。』(ポプラ社)

「絶対に行かない」と誓っていた土地

スウェーデン氷の湖で釣り

なんだか暑いな……。
そう思いながら街の温度計を見ると「-4℃」という数字が目に入った。噓でしょ? 思わず二度見して笑ってしまった。

2012年1月、私は真冬のスウェーデンにいた。入国してからまだ3日。昨日、一昨日がかなり寒かったとはいえ、-4℃でうっすら汗ばむ自分の順応性の高さに驚いた。

旅をはじめてはじめての冬をヨーロッパで過ごしたとき、私は、日照時間の少なさと凍てつく寒さに体が縮み上がり、「もう絶対に冬のヨーロッパには来ない!」と心に誓ったはずだった。なのに、また冬のヨーロッパに来ることになるとは……。しかも、物価が高いから今回の世界一周では行くまいと思っていた北欧に足を踏み入れることになるとは、これも運命か。

一家にサウナが2、3台!?

アフリカのサファリで出会った家族にホームステイに誘われて、私は南アフリカから北欧に飛んだ。キャミソール一枚でも十分な暑さだった国から、モコモコのダウンを着ないと凍え死にそうな国へ。治安が悪く、「間違えてスラムに入ったらもう出られない」と言われるような国から、日本と同じくらい治安のいい国へ。スウェーデンは数ヵ月いたアフリカとは何もかもが違って新鮮だった。

白銀の世界にたたずむ赤煉瓦の家々、暖色の明かりがこぼれる窓、家の中で燃え盛る暖炉。すべてが絵になっていて、思わず「ほー」っとため息がもれる。

サウナ発祥の地はフィンランドだと言われているが、スウェーデンでも一家に1台、もしくは2台、3台とサウナの設備があった。日本ではものの数分でギブアップな私だが、ここでは不思議とどれだけでも入っていられそうな気がした。

2軒の別荘があってもお金はない

ホームステイさせてもらった一家は、たくさんの動物を飼っていて、見渡す限りの敷地が一家の牧場だと言っていた。そして、スキー場の近くに別荘を1軒、スノーモービルでしか行けないような山奥に別荘を1軒持っていた。

「子どもたちが小さいころ、週末は毎週別荘に遊びに行ったわ」とママが言っていた。もしかして、この一家はものすごいお金持ちなのではないだろうか? そう思ったが、自由になるお金はほとんどないそうだ。

動物がたくさんいるし、お父さんが狩りをするからお肉には困らない、卵は飼っている鶏が生むし、野菜は物々交換で手に入る。別荘はお父さんとお爺ちゃんの手作りだからあまりお金がかかっていない。だから、お金を使うところがあまりないらしい。

そう聞いて、豊かさって一体何なのだろう?と思った。きっとその問いには十人十色の答えがあるのだろうけれど、私の答えはスウェーデンにあるような気がした。一家の生活は、まさしく私の理想の生活だったのだ。

ここから『医者のたまご、世界を転がる。』より、スウェーデン編を公開いたします。

ログハウスに帰った私たちは、イェーガーマイスター(ドイツのハーブリキュールで、日本では好みがわかれるが、スウェーデン人には好きな人が多い)を飲みながらジェンガをした。旅をしていて気づいたのだが、外国人は本当によくゲームをする。

旅に出てから、現地人や旅人からいろいろなゲームを教わった。昼の3時から蝋燭の灯りのもとお酒を飲みながらするジェンガは、なんともいえない贅沢なひと時だった。日本だったら罪悪感にかられていただろうな……(苦笑)。でも、こういう時間も時には大切だ。

「よし、今日はサウナに入るぞ!」

ジェンガが終わると、パパがサウナの火をおこしにいった。ログハウスから少し離れたところにサウナ小屋があるのだ。

「これもパパとおじいちゃんが作ったの!?」と聞くと「そうだよ。大変だったけど、サウナはスウェーデン人には欠かせないものだからね!」とウインクするパパ。サウナ発祥の地はフィンランドと言われているが、ここスウェーデンでも一軒家にはほぼ必ずと言っていいほどサウナがあるという。大きな家だと二つ、三つサウナがあることも珍しくない。

マイナス30度の雪原を凍えながら横切り、ビール片手にサウナに入る。しばらくするとアマンダが「スウェーデン式のサウナの入り方を伝授するからちょっと外に出て」という。こんな寒空の下で何するんだろう? と思いながら外に出ると、アマンダが急に私の背中を思いっきり押した。

「ひぇー!」思わず素っ頓狂な声をあげながら私は雪原にダイブした。するとアマンダも勢いよく私の隣に大の字で寝転がった。二人で悲鳴をあげながらサウナに戻り、顔を見合わせて笑った。

「ちょっとアマンダ! なんてことするのよー!」
「気持ちいいでしょ! この後に飲むビールがまたたまらないのよ!」

と、二人で喉を鳴らしながらごくごくビールを飲んだ。日本でサウナに入ると2〜3分でギブアップしてしまう私だったが、スウェーデンスタイルならいつまででも入っていられそうだ。心臓の弱い人には決してオススメはしないけど……。

ふと、アマンダが言った。

「私も日本に遊びに行ってみたいなあ」
「ぜひ来てよ! 私、案内するから!」
「でも日本ってさ、物価高いでしょ?」
「いやいやいや、スウェーデンのほうが断然高いでしょ!」
「私いっそのこと日本で働いちゃおうかな。日本ってお給料どれくらい?」
「うーん……人によるけど、サラリーマンの初任給は20万円くらいかな?」

すると、アマンダは目を見開き、仰天した様子で言った。

「……え? 20万円? 噓でしょ? それ、スウェーデンの最低保証賃金より低いじゃない。信じられない……。日本って物価が高いイメージしかなかったけど、意外に貧乏なんだね」

私こそ思いもよらない一言にびっくりした。日本って意外に貧乏、なのか? 今までも発展途上国の人からお給料を聞かれることはよくあったけれど、「そんなにもらえるんだ! いいな。僕も出稼ぎに行きたい!」としか言われてこなかったし、他の先進国の人からはお給料を聞かれることもなかったので気づかなかった。

ちなみにアマンダの弟くんは高卒でガードマンのバイトをしているが、最もいい時のお給料は時給4500円(!)だそうだ。アンビリーバボー。

楽しかった時間はあっという間に過ぎて、ログハウスを去る日がきた。

「アマンダ、連れてきてくれてありがとう。私、アマンダがここを地球上で一番好きっていう意味がわかったよ」

アマンダは心の底から嬉しそうな顔をしていた。私たちはパパに別れを告げ、ママの家に帰った。

翌日、アマンダの紹介で生まれて初めて犬ぞりに乗せてもらえることになった。植村直己さん(北極圏12000劼鮓い召蠅撚C任靴針糎渦函砲貌瓦譴觧笋砲箸辰董犬ぞりは夢だった。

体験施設らしき場所では、たくさんのシベリアンハスキーがワンワン吠えていて、その中から15頭くらいが選ばれてそりにつながれる。犬ぞりに乗り込んだ私の後ろには係りの人が立ってくれている。

その人が合図を出すと同時に、一斉に犬たちが走り出した。

「うわーっ! すごい! 速い! 私ついに犬ぞりに乗ってるよ!」

どんどん後ろに過ぎ去る雪景色を眺めながら犬の首につけられた鈴の音を聞き、幸せすぎてなんだか涙が出てきた。

犬ぞりはあっという間に終わってしまい、次の人にバトンタッチした。驚いたことに、次の人はノルウェーからわざわざ犬ぞりでここまで来たというではないか。どうやら1週間後にスウェーデンで開催される犬ぞり大会に出るらしい。今日は犬ぞりの調整のために来たそうだ。大会は2週間かけてある地点からある地点まで行くというものらしく、彼はその大会が終わったら、ノルウェーに帰ってまた別の大会に出るという。

なんというスケール! 日本では考えられない世界観だわ……。

スウェーデン滞在、最終日の夜。今日は世界的に「オーロラが見やすい日」だというではないか。ネットのニュースによれば北海道でもオーロラがみられる可能性があるとのこと。アマンダの家でも普段オーロラが見られることはまずなく、見られるとしても1〜2年に1回あるかないかだそうだ。

うーん、見たい! どうしても見たい!

私がしょっちゅう窓から外を見上げるものだから、アマンダたちはその度に笑っていたが、私は大真面目だった。

ママが腕によりをかけて作ってくれたシチューやポテトサラダを食べ終え、半ばあきらめかけていたその時、アマンダが窓際で「ユウコ!」と声を上げた。急いで窓に駆け寄ると、外には夢に見たオーロラが広がっていた。

「すごい! あなた、スーパーラッキーガールだわ!」

アマンダから借りたモコモコのダウンジャケットを着こみ外に飛び出す。大空には緑や黄色の幻想的な光がカーテンのようにゆらゆらと揺れている。

ああ、もう思い残すことはない……。スウェーデン、本当にありがとう!

 翌日、アマンダとママが駅まで送ってくれた。当初来る予定もなかったスウェーデン。こんなにも素敵な国だったとは思いもしなかった。

「本当にありがとう! 私、旅してきて初めて、住んでみたいと思う国に出会ったよ」

そういうとアマンダとママは今までで一番の笑顔でぎゅーっと抱きしめてくれた。スウェーデンの「日常」は、日本では考えられないような日々で、私にとって「理想の日常」だった。

大自然に囲まれ、電気もガスも何もない中で感じる豊かさ。育児休暇、職場復帰制度、子どもの預け先(就学前学校)も整備されているから不安を抱かず子どもを産めて、育てながら働いて、週末は家族でログハウスに行って自然と触れ合える。

そうだ、ヨーロッパ圏内なら格安航空券が飛んでいるから片道数千円で他の国にも行けちゃうな。医療費や老人ホームだって無料だから、老後の心配もいらないでしょ。ああ、素敵だな……。

スウェーデンの暮らしの中には、日本とは別の豊かさがいっぱいあるような気がして、私は本当にスウェーデンに住んでみたいと思った。

【ウートピに掲載したエッセイ・エピソード一覧はこちら】