BNLイタリア国際・ベスト8――。それは単に、「大きな大会での好成績」にとどまらず、多くの日本人が苦手とするクレーで残したという点においても、可能性を示した価値ある戦果であった。

 BNLイタリア国際(以下ローマ)のカテゴリーは「WTAプレミア5」と呼ばれ、「グランドスラム」「WTAプレミア・マンダトリー」に次ぐグレードに属する大会。とはいえ今年の同大会には、世界1位のセリーナ・ウィリアムズ(アメリカ)をはじめ、トップ20選手のうち15選手までが名を連ねた。しかも、欠場した5名のうち2名は、すでに引退しているフラビア・ペンネッタ(イタリア)と、出場停止中のマリア・シャラポワ(ロシア)。顔ぶれやドローのタフさにおいては、グランドスラムにも引けを取らないレベルである。

 女子テニスツアーが現行の大会格付けを導入した2009年以降、「プレミア5」以上のグレードでベスト8以上に進出したのは、今回のローマで快進撃を見せた土居美咲が初めてである。さらに加えるなら、86年の歴史を誇るローマ大会でベスト8以上に入ったのは、1973年のWTA(女子テニス協会)創設以降では、1994年の沢松奈生子と、2003年の杉山愛(ベスト4)のみ。ちなみにクルム伊達公子は、全盛期の1990年代はローマ大会を常にスキップしており、復帰後にわずか1回出たのみだ。

 クルム伊達が、この伝統あるローマ大会を避けていた理由は、「クレー=赤土」というコートの特性にある。世界4位まで上り詰めた彼女を"世界の伊達"と言わしめた最大の武器は、ボールの跳ね際をカウンターで叩く「ライジングショット」――。欧米勢にパワーで劣る小柄な彼女が、世界のトップたちとしのぎを削るなかで磨いた"伝家の宝刀"である。

 ただ、相手のパワーを利用し、直線的に放つカウンターショットは、砂の粒に球威を削がれるクレーでは途端に効力が薄れてしまう。クルム伊達が「クレー嫌い」を公言し、また彼女同様にカウンターを得意とする多くの日本人がクレーに苦しめられてきたのも、同じ理由からだ。

 このように、多くの日本人が鬼門とするクレーについて、「苦手意識はない。年々よくなっているし、自分のなかでは楽しくプレーできている」と笑顔で言うのが、土居である。

 とはいえ土居も、日本国内でハードやオムニ(砂入り人工芝)中心に育ってきた選手。とりわけクレーに対し、アドバンテージがあるわけではない。それでも、彼女がクレーを「楽しい」と思える理由は、「自分のショットが生きるコート」だと感じているからだ。

 土居は、身長こそ159cmと日本人としても標準かむしろ小柄だが、彼女のプレースタイルは他の多くの選手と一線を画す。鋭く振り抜く左腕から放つ切れ味抜群のフォアを武器に、自ら攻めてラリーを支配し、ウイナーを奪う攻撃テニスが土居の身上。クリクリとした瞳の愛らしい外見とは裏腹に、「しっかりスピンをかけ、重いボールで攻める男子のようなプレー」こそが、彼女がかねてより標榜してきたテニスだ。

 土居が幼少期からそのようなプレーを目指し、そして今も継続できているわけは、彼女の生来の性格や、決してフロントランナーだったとは言いがたい足跡にもあるかもしれない。

 人口5万人前後の、千葉県の小さな町に生まれ育った「田舎の子」は、日本のトップ選手の多くがカウンターテニスであることに気づくと、「だったら、私は他の人とは違う攻撃的なテニスがしたい」と、漠然と思っていたという。その後はテニスで強くなるに従い、国内のいろんな町に行き、中学生になったころからは海外にまで行けるようになった。左腕1本で道を切り開くかのように、「自分の世界が広がっていくこと」が、彼女の純粋なモチベーションになっていく。

 それでも当時の土居は、幸か不幸か、同世代のなかでは常に4〜5番手であった。

 国内のエリート選手たちのなかには、幼少期は攻撃的なプレーでも年齢を重ねるに従って、世界で勝てるテニス――つまりは、カウンター主体のプレーに変えるよう指導されることも多いと聞く。クルム伊達も、高校のころまではフォアで攻めるテニスだったが、世界を転戦するうちに、「これでは欧米勢のパワーに対抗できない」と感じ、必然的に今のスタイルに辿り着いたという。

 土居のテニスには、そのような修正の手が入ることはなかった。いや、時には関係者たちから、「あのテニスでは体力がもたない」との声も聞こえてきたが、彼女は特に気にしなかった。そんな土居の、ある種の非主流的な足跡は、「重い球を打つことで、自分のテニスを生かすことができる」というクレーへの好感触と、無関係ではないだろう。

 もちろん土居にしても、そのような感覚を一朝一夕に掴んだわけではない。この数年、積極的に欧州遠征に出かけ、多くのクレーを経験したがゆえの手応えだ。

 また、今回のローマ大会で際立ったのが、競った試合での勝負強さ。初戦では、となりのコートから聞こえる大歓声に相手が心をかき乱されるなか、集中力を保ち競り勝った。2回戦は、昨年の全仏準優勝者(ルーシー・サファロバ/チェコ)相手に序盤でリードを奪い、終盤に追い上げられながらも、実力者の猛追を振り切ることに成功。3回戦では、過去3戦全敗と苦手としていた英国の成長株(ジョアンナ・コンタ)に第1セットを奪われるも、ファイナルセットの競り合いを抜け出し、一気にゴールラインへと駆けこんでいる。

 過去には悔しい惜敗を幾度も経験してきた土居の連勝に、試合後の会見では、「今回、何かいつもと違うことをしているのか?」と躍進の"秘訣"を求める問いが向けられた。だが土居は、困ったような笑みを浮かべて、「いや......特には。今までの積み重ねです」と答えるのみだった。

 まさに、「ローマは一日にして成らず」。そして日々の積み重ねは、さらなる先へと道を作る――。

「徐々に自信はついてきました。上を狙える位置にいると思うので、それをどれだけコートで出せるかだと思います」

 赤土の上に築いた自信と経験の集大成となるステージは、1ヶ月続いたクレーロードの終着点となる、パリ開催の全仏オープンだ。

内田暁●取材・文 text by Uchida Akatsuki