中国メディア・網易は18日、「日本社会はどうして安全感を失ってしまったのか」と題し、かつての高度成長を支えた年功序列などの従来の制度やそれに伴う「安全感」崩壊し、なおも混迷の状態から抜け出していないといった論理を展開する文章を掲載した。(イメージ写真提供:(C)greir/123RF)

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 中国メディア・網易は18日、「日本社会はどうして安定感を失ってしまったのか」と題し、かつての高度成長を支えた年功序列などの従来の制度やそれに伴う「安定感」が崩壊し、なおも混迷の状態から抜け出していないといった論理を展開する文章を掲載した。

 文章は、現在日本で派遣社員の問題が大きくクローズアップされていると紹介。一定期間の人材として人材会社との契約で企業に派遣される派遣社員は収入面でも福利厚生面でも正社員に遠く及ばず、労使紛争もできないうえ、契約が満了すれば出ていかなければならないとした。

 そして、このような「人情味のない制度」は、かつて日本の高度成長を支えてきた「年功序列制」、「終身雇用制」といった従来の管理文化とは一線を画すものであると指摘。1991年ごろにバブル経済が崩壊したことで、コスト減に迫られた多くの企業が年功序列や終身雇用を打ち破って能力の低い社員を解雇するようになり、そこから派遣社員という概念も生まれてきたと説明した。

 そのうえで、多くの人が派遣社員として働いている今の世代の日本人青年世代は、薄給に加えて出世の道や仕事のチャンスすら得難い状況となっており、「一般的な社会保障だけでは安定感の喪失は避けられ」ず、大企業の経営者や政治家による「空約束」を信じることが難しくなっていると論じた。

 さらに、厳しい状況を生きる青年世代は「日本人の伝統的で優れた資質を失ってしまった」とし、日本の街が徐々に汚くなっている、優先席に若者が座って寝たふりをする、電車の中で騒ぐといった現象が生じていると伝えている。また、「安定感」の消失により長期的な人生計画が立てられなくなり、少子化をも激化させているとした。

 文章は最後に、バブル崩壊から20年あまりで産業モデルの転換には成功したものの、「安定感」と経済再生に対する期待が欠乏していることから「日本は3度めの『失われた10年』を過ごさなければならないかもしれない」と締めくくった。

 確かに、バブル期のころに比べて現在の社会に対する閉塞感、将来に対する絶望感が日本社会において強まっている感はある。「働けど働けどわが暮らし楽にならざり」と嘆いたのは石川啄木だが、この詩に共感を覚える青年も多いかもしれない。そのようなムードが漂う世の中で、前向きに生きていくことは難しい。閉塞感は心の乱れを生む。心の乱れは社会や秩序の乱れにつながりかねない。文章が指摘する「日本人の伝統的で優れた資質の喪失」に、自信を持って反論することはできるだろうか。(編集担当:今関忠馬)(イメージ写真提供:(C)greir/123RF)