主将の木村沙織が泣いた。前主将の荒木絵里香も、活躍した迫田さおりも泣いた。絶対絶命の窮地からの大逆転勝利。木村は涙声で漏らした。

「絶対、ここで終わらせたくないという気持ちで、みんなで戦いました。次につながったなという気持ちと、プレーで足を引っ張ってしまって申し訳ないという気持ちの両方がありました」

 マッチポイントをスパイクで決めたのは、途中からコートに入った迫田である。ひとりで24得点と爆発した。試合後、最後の最後に大会登録メンバーから漏れた江畑幸子と喜びを分かち合った。ポジション争いをつづけたライバルであり、仲間であった。

「(最後のスパイクは)たくさんの人の思いが詰まったボールで重かったです」

 記者と交わるミックスゾーン。記者から江畑の名前が出ると、迫田はたまらず、また目から涙をあふれさせた。

「自分はギリギリの、ほんとギリギリで(大会メンバーに)入れたと思っている。エバ(江畑)の気持ちを考えたら、絶対、絶対、がんばりたいと思いました。今日も(会場に)来てくれて......。自分のできることを、一生懸命、コートで表現しようと......。ほんと、うれしかったです」

 18日夜の東京体育館。女子バレーボールのリオデジャネイロ五輪世界最終予選。大逆転をもたらしたのは、登録14選手、いや最後に登録メンバーから外れた4選手、スタッフを含めた日本代表「火の鳥ニッポン」全員の結束力と勝利への執着、そしてロンドン五輪銅メダリストの「経験」だった。

 韓国に痛恨の黒星を喫した直後の、難敵タイとの大一番だった。大黒柱の木村は右手小指の負傷で先発メンバーから外れた。試合前、荒木はこう言って、チームを鼓舞した。

「プレッシャーがかかったり、コワかったり、いろいろとあると思うけど、もうこのメンバーで戦うしかないんだから、ひとつになってぶつかろう」

 木村は短く、こうだ。

「みんなでやるしかない」

 試合は重苦しかった。レシーブでミスが出る。スピーディーなタイのコンビバレーに圧倒され、第1セットを失った。ここで眞鍋政義監督は、メンバーを大幅に入れ替えた。第2セット、小指に白いテープを巻いた木村をコートに送り出した。ロンドン五輪を経験した選手4人を全員、コートに並べた。

 29歳の木村、31歳の荒木、28歳の迫田、32歳の山口舞。苦しいときこそ、修羅場を潜り抜けてきたベテランの経験がより生きる。実は展開が苦しくなったら五輪メンバーを投入しようと、眞鍋監督は決めていた。

「苦戦したら、メダリストを使おうとずーっと思っていました。何が何でも負けられない試合ですし、(最終予選は)相当なプレッシャーの中で試合をするわけですし......。4人(の経験)が一番の勝因かなと思っています」

 セッターの宮下遥は高さも才能もある。でも21歳と若い。焦ると、トスが低く速くなる。初めての五輪最終予選。「実は3セット目ぐらいから、手がずっと震えていました」と宮下は打ち明けた。

「初めての経験でした。でも、こういう苦しい試合を勝ち切れたことは、私にとってすごく自信になると思います」

 ロンドン五輪までは、ベテランセッターの竹下佳江さんらが木村らスパイカーを育てた。いまは木村ら、ベテランのスパイカーによって、若いセッターの宮下が成長させられている。代表チームとはそういうものだ。

 もうひとり、木村に代わって、初めて先発出場した石井優希も、よく奮闘した。石井は所属する久光製薬監督で、往年の名セッター中田久美さんから、この日朝、LINEが届き、「目から光線を出せ!」と檄を飛ばされていた。

 石井が笑って思い出す。

「"目から光線を出してがんばりなさい"って。光線を出したかって、ははは、自然と声は出せました。喜ぶところは喜んで、締めるところは締めて、光線というか、強い気持ちは出せたと思います」

 死闘だった。ビデオ判定を要求する「チャレンジ」の連発で、中断のやたら多い、ひどい試合となった。でも、こういう荒れた試合では最後、どちらの方がより勝ちたいのか、集中力をより維持できるのかで勝敗の帰趨(きすう)が決まる。経験豊富な五輪メンバーがいる日本がそこで、しのぎ切った。

 フルセットの最終セット。日本は6−12と6点差をつけられた。でも、あきらめない。結束した。驚異的な粘りを見せた。相手チームのレッドカードによる2得点を含む8連続ポイントでマッチポイントにこぎつけ、最後は迫田のスパイクで15−13。

 残り3試合。極度の重圧下、リオ五輪切符をかけた戦いがつづく。眞鍋監督が言った。

「首の皮が一枚、つながったのかなと思います。こんな逆転劇、何十年に一回でしょうね。これからも一致団結して戦っていきます」

 木村に笑顔が戻った。けがした小指は骨に異常がなく、試合中、痛みもなかったという。

「この勝ちを自信にして、次につなげたいと思います。絶対、みんなでリオに行きます」

 もちろん、リオ五輪切符獲得に向け、まだ少しも楽観はできない。タイに苦戦しているようだと、先が思いやられる。だが、この勝利は大きい。日本は"こころひとつ"になり、大きな自信をつかんだ。

松瀬 学●文 text by Matsuse Manabu